後は面接選考採否決定についてを誰がしてくれるのかが問題として残った。面接、選考、採否の決定を誰がするのかを考えること自体誰も気づかない。わからない。自分はできないことはないのだが、自分がやると必ず独断勝手にやった、そんなことが許されていいのかと根拠のない批判が出るのはわかっていた。自分が副理事長Gと理事DHに頼んだ。Gは慰留したQが結局辞めることになったため責任を感じてくれて引き受けてくれた。Dは嫌がった。Hは忙しいと断った。Dは自分とならするがGだと二人とも採用の手順なんかサッパリわからないから無理だという。でも自分は説き伏せて渋々Dに今回の応募者面接などをGとすることを認めさせた。思い上がってはいないが、自分がいると何でもやってくれると当てにされているのは光栄なことだが、みんなのためにならないし自分も負担だった。


地元紙に求人広告を出すことを引き受けてくれた知人から発注したと連絡があった。続いて地元紙がこの内容でいいかと校正を求めてきたので自分にチェックしてほしいと知人から連絡がきて少しだけ修正してOKを出した。数日後には掲載されることが決まった。

 

5月理事会から4日後の朝、Oが自分の部屋のチャイムを鳴らした。何用かと聞くと元支配人のEがOにAの部屋に来てくれと呼びに来た。自分がOとよく似た名字の別人と間違ってOが良くする会の入会署名活動をしたと言ったことでOと自分は口論になった。Oは不愉快な思いをした。そのことでAはOの代理人になって自分の不始末を責め立ててやるからAへの委任状に署名捺印しろと言われているけど、どうしたらいいかと自分に聞きに来た。

OもさすがにAがやり過ぎたていると思ったのとAが常軌を逸していると何となく思ったみたいだ。自分は母と連れだってOの部屋を訪ねた。2時間くらい部屋に上げてもらって自分と母はOに平謝りしOをほめ殺しした。Oと話している間もOの玄関扉を外から蹴っている音が何度かした。OいわくAが署名捺印しに来いと言っているのに来ないから腹を立てて扉を蹴飛ばしているのだと。

 

最終的にこの件についてはOは謝罪を受け入れてくれて、次の6月理事会のどこかで他の人と間違ってOさんに申し訳なかったと一言言ってくれればいいということで一件落着した。やれやれだ。スミマセンの一言で済むことなのだが、Aが後ろから煽り立てて焚きつけるから一事が万事こうなってしまう。

 

Aは人として最低最悪で人間のクズだ。自分は卑怯で汚いAを形容する言葉が見つからない。AはAに協力する人間に対して外面は非常にいい。それに騙されて協力者は利用される。追及されることがあったら、自分は知らない、関わってない、そそのかしていないと言うために人を利用し手下を使い動かして、自分は表に出なくなり名前も出さないようにして用心深い。このこと自体が確信犯の証拠だった。

 

Aがなぜこんなに酷いことをするのかと自分に近しいマンション関係者に問うと、80歳もの高齢で暇だからと誰しもよく似た答えが返ってくる。自分はみんなと同じように真面目に勉強して管理組合運営に当たっている。もし普通に管理組合運営業務に真面目にやっているだけで誰かがAから言いがかりをつけられたら高齢で暇だからと言えるだろうか。Aに対峙する管理組合運営側の何等かの担当役員や責任者になったらAの矢面に立たなければならない。そうなったときAは今までのように接してくれるだろうか。Aの耳に痛いことを言わなければならない時ハッキリとみんな言えるのだろうか。所詮自分に火の粉が降りかからないのならみんな知らないふり、見て見ないふり、かかわらない、言うべきことは言わない、逃げておく、自分がかわいいとどこにでもある話になる。

だからせめて自分の前では80歳の爺さんが暇だからこんなことをするのだということで済ませてほしくない。

 

顧問も自分もなぜここまで恨まれ仕返しされなければならないのか全くわからなかった。万が一そうだとしても、ここまでやるのは犯罪レベルだった。

 

人は群集心理でエスカレートする。Aに盲目に乗っかって行く。煽てられ焚きつけられ利用されているとも知らず。罪深い。勝ち馬に乗る。まるで子供のイジメの世界。この田舎もいい大人がそれをやって平気でいる。最低のムラ社会だ。

 

地元紙に求人広告が掲載された。5月18日だった。

 

以降の話は次のブログ「マンション自主管理組合49」に譲ることにする。