12日朝、靖国神社を参拝した。平成8年に一度参拝している。あれから約30年ぶり2度目の参拝となった。地下鉄九段下駅を上がって東側から大鳥居をくぐり抜け石畳を本殿まで歩いた。本殿前の小鳥居の内側は報道関係者が参拝者にインタビューやアンケートすることを禁じた立て看板がある。未だに歴史的政治的問題が横たわっていることを感じさせた。神社の衛視が立っていて物々しい中にも厳かだった。
祖父(自分の母の父)は召集令状(赤紙)が来て30代後半の若さで兵隊にとられ満州で戦死した。祖父出征の時、祖母(自分の母の母)と伯母(自分の母の姉)が造幣局近くの兵舎から大阪駅まで行進していく祖父を見送りに行った。祖母と伯母はこれが今生の別れになると泣いていたらしいが、母は小学校低学年で出征が何を意味するのかよくわかっていなかったそうだ。母から自分に語り継がれた戦争にまつわる祖父のほんの一端になる。
母の実家近くの墓地に祖父の墓石があるが遺骨はもちろんない。実家には仏壇があり祖父の30代の遺影があるだけで遺品はない。戦争に散った英霊の魂は靖国神社に帰ってくる。祖父の魂も靖国神社で子孫を見守ってくれている。
自分は戦後生まれで戦争を知らない世代だ。そんな自分も高齢者と呼ばれる年齢になった。母から聞いた戦争のことについては自分の子供たちに一切語り継いでいない。母の実家の仏壇へお参りするより、靖国神社で手を合わせるほうが祖父の魂を慰めることになると常々思っていた。東京へはこれまで仕事で何度も出張していたが、靖国神社に立ち寄る時間がなく参拝できずにいた。年齢的に時間ができたので機会があれば何度でも行きたいと思うが、これが最後になるかもしれないという気持ちでこれからも参拝したいと思う。
以降の話は次のブログ「靖国神社参拝2(終)」に譲ることにする。