自分の座右の銘の1つで励ましや戒めというより生き方の指針としている言葉。偉人たちの名言ではなく、いつでもどこでもよく使われている言葉だ。
自分も経営者だった亡父の倒産した会社を必死で後始末にもがき苦しんでいた25年以上前の40歳の頃にこの言葉と真に出会うことになった。
当時どこかの事務所の待合椅子に座っていた。横のマガジンラックに産経新聞朝刊が置いてあったので、何気なく取り上げて1面から読もうとした。1面一番上に「朝の詩(うた)」が載っていた。その日の詩の題名が「平々凡々」だった。最初漫然と読んでいたが、短い詩なのに途中から自分にとっては「目から鱗」になる出来事となった。その時ガラケーで写メせず書き写した。紹介したい。
「平々凡々」 作者:大阪市〇△区 横川幸子氏(43)
平々凡々に生きるのがいやだった十代
平々凡々に流されないようにがんばった二十代
平々凡々が一番いいと思った三十代
平々凡々に生きるのが一番むずかしいとわかった四十代
朝の詩選者:新川和江氏(しんかわかずえ、1929年生-2024年没)
自分は若い頃、平々凡々に抗って生きようと思っていた訳でないが、元々目立つのが嫌いで人見知りなので慎ましやかに生きていたいと思ってきた。たまたま運命のいたずらでとんでもない境遇におかれてしまったところにこの詩と出会い、とても感銘を受けた。
作者と自分の年齢からして10年も経たずして五十代になった作者は五十代の平々凡々をどのように感じているのかととても気になっていても立ってもおれなくなり、意を決して産経新聞大阪本社の朝の詩を担当している部署に交換を通して問い合わせを入れた。交換が繋いでくれたのは良かったが、電話に出た記者に作者に五十代の平々凡々に対する感想を聞いてほしいと頼むと、そんなものはできる訳ないだろうと個人情報のこととも言わずに剣もほろろに突き放すように断られた。新聞記者の世界とはこんなものかととても残念な思いをした。
自分はこの詩の真髄は当然四十代の平々凡々と思っている。平々凡々に生きていきたいと自分は心がけて願っていても、そうは簡単に人生はいかないということ。
自分には何にも代えがたい言葉であり祈りでもある。