和歌山を引き払って2ヶ月になる。ちょうど約2年前から昨年春にかけての1年間、同じマンションに住む80歳くらいの男性年長者(A)から酷い嫌がらせと誹謗中傷を受けた。卑怯、悪質、表に名前も出さず暗躍してマンションの役員活動する自分を攻撃妨害し続けた。途中からは自分を攻撃するのにAは近所の住人も仲間に引き入れて、仲間になった手下連中も勝ち馬に乗れとばかりに群集心理でさらに攻撃が酷く激しくなる。70歳以上の大人たちがまるで「子供社会のいじめ拡大版」を繰り広げる。
自分にはなぜ攻撃妨害邪魔をされるのか、未だにサッパリわからないまま。腹も立ったが無視した。売られた喧嘩も平和主義者の自分は買わなかった。
でも嫌がらせが始まって半年ほど経った頃、自分が連中の事実無根の嫌がらせ主張を黙認したと連中は陰で言いふらしていることがわかってきた。それでも公的な場では論理的に言い返したが、それ以外は我慢して放っておいた。もうここまで表面的には出さなかったが、こんな大人の連中が本当に身近にいるのかと思うと腹が立つやら、悔しいやら、やるせないやら、小心者の自分の心に傷が付きだしていた。
連中はかさにかかって執拗に嫌がらせを続けた挙句、とうとう一昨年秋に自分の中傷誹謗文書をマンション理事会に送り付けた。違法性のある悪質な誹謗中傷文書で自分だけでなく、マンション全体を巻き込む事態となった。
ついに自分の堪忍袋の緒が切れた。警察署に相談。刑事事件として被害届を受理しての逮捕はできないが、Aのグループがあとこれだけすれば、逮捕要件が揃うのでまた連絡してほしいとのことだった。一網打尽にして警察署の留置場に全員放り込んでやりたかったがギリギリ無理だった。そんなに酷い違法行為であることを連中に思い知らせてやりたかった。
弁護士に頼んで民事訴訟を前提に原告としてAグループ全員に内容証明郵便を送り付け初めて反転攻勢の宣戦布告をする。途端にAグループは仲間割れする。首謀者Aが主犯で首謀者、手下仲間は従犯と法的に明らかになる。この時分からAグループの嫌がらせがとまる。結果、自分は慰謝料と謝罪文をAグループ全員からもぎっ取って昨年夏完全勝訴となる。Aグループは理事会に対する法的責任が残っているが、まだ気がついていない。
この頃からAの手下仲間やその取り巻きがAから離れだしてAは孤立する。Aたちの嫌がらせに1年間やるせない思いをし、それから5ヵ月も法的係争で神経をすり減らして、ようやくAたちを抑え込んで自分の心が平穏になったが、どんな思いでここまできたのか誰も当事者でないので当然わからない。
その時期に新しいマンションの従業員(B)が1人入ってきた。Bは業務遂行に優秀な人であった。自分は信頼を寄せた。ある日Aたちと自分の係争を話して、法的係争資料も見せた。
因果応報、Aは孤立して話し相手もこのマンションでいなくなっている。それで出て行ってくれれば、本当のマンションの平和がくる。Aを孤立無援にするところまで押し返すのに自分の心に大きな犠牲を強いたとBに話した。
ところが昨年秋頃からマンション内に話し相手を失くしたAはあるきっかけで唯一Bに話しかけて二人でマンション敷地で話すようになる。引き込まれないようBに注意するが、Aが孤立していて話し相手もなく可哀そうだと言う。
Bにもう説明したのでそれ以上言わなかったが、自分がAたちに約1年間酷い目に遭っていたのは可哀そうではないのか、そんな目に二度と遭わないようにするために自分は耐えたり、訴えたりして苦しみながらAたちをやっと抑え込んで追いつめてAの今の状態がある。個人的な付き合いを否定はできないとはいえ、Aを孤立無援にまで押し戻してきた自分の苦労を無駄にされるのが気が気でなかった。
そして今年1月、Aと役員が出席する会議があり従業員も出てほしいという要請にBは従業員に中立を保つには出席しないほうがいいという理由で欠席を表明。なぜそんなことをいうのか自分にはわからなかった。
2月、大阪に引っ越してから情報が入る。話し相手だけでなくBがAに便宜を図っていたことがわかる。Aの部屋の整理、不用品の処分、他府県の住まいへの引っ越し荷物の取りまとめなどを手伝っていたようだ。まだ部屋は売却していないで今後もAの影響が残る。
このことを知った時に自分はBに裏切られたとハッキリわかった。Bのやっていることは理事会や他の従業員に利敵行為をしている。自分はもう関係なく部外者なので構わないが、自分が引っ越すまでの3ヶ月は完全に裏切られていた。Bが言い訳にしている「中立」という美辞麗句で。
Aは理事会や従業員の誰かには人畜無害という考え方は捨てるべきで、影響力を残したAの暗躍は過去2年の間にパンドラの箱を開けて色んなものを出したことでA的な人物が今後も出現するだろう。これはBがAに塩を送って招いたことで回りまわってとても大きな問題に繋がっていくと思う。
Aに酷い目に遭わされ、Bに裏切られ、世の中にはどこにでも一握り必ず自分と相いれない考え方を持つ人達がいるというが、こんなに身近にいて、とても残念だ。
嫌で嫌でしかたないので忘れてしまいたいが、これからも時折、思い出すだろう。こんな歳ではもう心の傷は癒えないかもしれない。決して誰にもわかるまい。