実を云うと

元日におかあさんのとこに行った時

帰りに時間があれば

一人で少し、お茶でもしようかと思っていた。

だから、カバンの中にはお財布だけじゃなくて

CDウォークマンと本も入っていた。

おかあさんとこ行く前に我が家に届いた年賀状を

ポストから出して持参し

おかあさんちで仕分け・確認したら

出してない人からの年賀状を4枚見つけて

スーパーの後に郵便局も寄らなきゃ

とーさん早く年賀状出しちゃいたいだろうから

帰ってすぐ印刷してまた投函しに行こう

ってことで

お腹空かせた子どもたちと

体調悪くてお正月らしいことできなかった

とーさんのために

何か値引きされてるお刺身とかおせちを買って

急いで帰ろう

って思ったから

結局時間がなくてお一人様時間は省略した。

とーさんと大喧嘩になって

もうここ(家)にはいたくないって思ったし

年賀状も

海外に引っ越したあたしの友人と

おねーさんずは新たに書いた3枚と

とーさんが出してなかった3枚と

投函しに行こうと思って家を出ようとしたら

「行かなくていい!頭のおかしい奴は寝てろ!」

ってとーさんに布団に引きずって行かれそうになり

あたしは激しく抵抗して

「こんなところにいたくねんだよ!」

と叫んだら

「逃げれば済むのか!」

と言われたので

あたしは

「なんで逃げちゃいけないのー!
ここにいる方が気ぃ狂うわ!」

と叫んだ。

そしたら

「だったら俺が出てってやるよ!」

って言われたので

隙をついて振り払い

カバンを持って

あたしは外に逃げ出した。

薬と医療証セット(保険証・医療証・お薬手帳)は

持って出る間がなかったから

それだけが困ったけど

カバンにはお財布も携帯も

CDウォークマンも本もあった。

最初は泣きながらただただ歩いて

コンビニやジーンズショップの前の灰皿がある所を

転々とし続けて

店外にテーブルと椅子と灰皿のあるコンビニで

抹茶オレ買って飲んだ。

家(おねーさんず)から掛かって来た電話は

総て出なかった。

それでも体が冷えてきたから

音楽聴きながらファミレスに向かって

とぼとぼ歩いた。

miwaちゃんの

♪あなたはあなたのままでそのままで
大丈夫、私がいるよ
数えきれない季節を越えて
あなたと歩んで行きたい♪

って透き通るような歌声を聴いていたら

現実って厳しいね…と思った。

ファミレスに着いて

音楽聴きながらひたすら喰った。

高校の時の家庭科の先生が

「食べることは、生きること」
「生きることは、食べること」

って言ってたのを思い出した。

生きる道は選択できたけど

帰る道は選択できなかった。

メールを打っていたら

何時間かかけてあたしを探して回ったとーさんが

目の前に座った。

しばし無言。

その間も子どもたちから何度も着信があったので

とーさんに、家に連絡を入れて、と頼んだ。

しばらくして

とーさんが

「帰ろう」

っつーから

「あたしのこと、探して迎えに来てくれたのね!
ええ、帰ります」

…っつーほど

あたしの頭は

おめでたくはなかった。

「帰ったって、また同じことの繰り返しでしょ」

って答えて

思いの6割ほどを

淡々とぶちまけた。

幸いにして

ファミレスは公共の場だったし

幸いにして

明らかにとーさんのが分が悪かった。

せっかくの冬休みに体調を崩して

思いどおりの年末年始を過ごせなくて

イライラしていたのは

とーさんの方だったから。

あたしは

やるこた、やってたし

やってやってんだって態度は取ってなかったから。

とーさんはアホだから

リビングのローテーブルに自分の頭を叩き付けて

自分でたんこぶを作っていた。

そらそうだよ

あのローテーブルは

おねーさんずが2歳の頃に

今のマンソンに引っ越して来る時に

二人がテーブルに上がっちゃっても壊れない

怪我しないように丈夫で角が丸いのを

かーさんが選んだんだから。

かーさんは

かーさんのためだけに何かを選んだり

あたしのためだけに何かをしたりなんて

大してないよ

って、とーさんに話した。

冬休みだって

あたしが主張したのは

紅白を観たい、ってことだけだった。

とーさんは

後から冷静に考えたら

かーさんが自分勝手にしてたんじゃなかったって

思ったらしい。さっさと気づけバカ。

とーさんの、おたんこ茄子。

とーさんはあたしの話に

何べんも自分のこと

「ひどいお父さんだ」っつって聞いてたけど

あたしはわかってる。

こいつは何にも変わってねえ。

これからも、根本的には変わらねえ。

ってね。

ただ「帰ろう」しか言わないとーさんに

そう思った。

都合のいいように動かないあたしは

いらないんでしょ

そのままのあたしは

いらないんでしょ

あたしは生まれてこのかた

そのままのあたしを大事にされてこなかったから

今度こそはと思ってたけど

もうすぐ二人が診断されてから10年になるけど

あん時に、あたしに

二人分がんばらなかったからだって言った時から

とーさんは何にも変わってないじゃない

あたしだって努力が足りかなかったかもしれない

でもお父さんだって

何でも全部

いつも全力で努力してるわけじゃないでしょ

あたしはそれを責めてないでしょ

あたしだけ責められ続けるなら

もうあたしはいらないでしょ

…って話した。

とーさんは

「お母さんが必要だから、迎えに来た」

って言ったけど

あたしには

''だったらさ…''の続きがまだまだうんとあった。

とーさんにも溜まっていることがあるのは

百も承知だけど

かーさんの方が

とーさんキレちゃうくらい

何百倍も溜まってんだから

とーさんがキレたことを後悔するくらい

ぐうの音も出ないほどのものを

腹に所有してるんだから。

あたしの寂しさに触れたら

倍返しじゃ済まない。

脅しもなだめ透かしも

あたしには通用しない。

あー言えば

こー言うなら

残念ながら、かーさんの得意分野だった。

とーさんが一番避けたい分野だけど

仕掛けたのはとーさん。

火がついたのはかーさん。

責任取ってくんなきゃ帰んねえ、と思ったし

決裂したら仕方がない覚悟もあったので

使い方は違うけど

とーさんは心底

あたしの琴線に触れたんだろうと思った。

帰ろう、は聞き飽きた。うんざりだ。

「なんかお母さんに言うことはないの?」

と訊いたら

「すみませんでした」

…なにが?

「乱暴なことをしてごめんなさい。
あと、偉そうなこと言ってすみませんでした」

…かーさんも、ごめん。
(ってか、あたし、悪くねーし、とも思ったけど)





そんなわけで

家に帰ったかーさんなのでした。

ぶち壊さなくて

よかった。

赦さないと決めたところは

ぜってー赦さねえけど。

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二人して帰宅したら

おねーさんずはお風呂を洗って沸かして

ちび子と三人で入っててくれた。

とーさんがお風呂に入ってる間に

A子が「お父さんと話し合ったの?」っつーので

乱暴なことして、偉そうなこと言って

ごめんなさいって言ってたよ、と答えたら

A子が「内緒だけど…」

''喧嘩してるのを聞いてて
お母さんの方が正しいと思ったよ
お風呂一回沸いてなかっただけで
何にもしてない、なんて
そりゃないよ、って感じだったよ
じゃあどうやって飯喰ってんだ?って思った''

…って言いながら

あははーって笑った。

心配かけちゃったね…

でも

二度あることは三度ある。

あたしの顔も三度まで。

とーさんとこの先やってけるかなんて

わからん、とも思ってるよ。









かーさんに戻ったあたしは

英語の宿題を一緒にやりました。

「a lot of」なんて

ひっさしぶりに見たよ。