平成時代以降、日本政府は毎年のように「デフレだった」と言い続けてきた。しかし現実と全く合わない。都合の良い計算を弄び、数字を操作してきただけだ。長年下落していた不動産価格を指標に組み込み、全体が下がっているかのように見せた。
だが庶民は不動産で生きていない。食料、日用品、燃料、娯楽で生活している。不動産の下落は、物価上昇を薄めて見せるための政府に都合の良い重りに過ぎなかった。
平成初期には、食品が八十円、百円以下で普通に買えた。三人家族の一週間分の食料が五千円で足り、お釣りまで出た。日用品や衛生用品も月三千五百円前後だった。消費税は3%。給料から十分に余り、貯蓄も娯楽も可能だった。
今はどうだ。同じ一週間分の食料が一万三千円以下では収まらない。日用品も一万円以下では無理だ。消費税は8%、10%。負担は明らかに増えた。
しかも賃金は比例して上がっていない。むしろ二度の大きな金融危機で後退した。デフレだったのは賃金だけだ。生活費は当時より120%以上膨らんでいる。
社会保険料は上がり、新たな税や負担も増えた。十三年超の自動車に対する自動車税の10%上乗せなど、その典型だ。海外では旧車の税が軽減または免除される国もある。
さらに、価格を上げるだけでなく、多くのメーカーは内容量や重量を減らす手法を取った。特に食品や飲料で顕著だ。見た目の価格を据え置きながら実質的な値上げを行う、いわば隠れたインフレである。
それでも「デフレだった」と信じるなら、完全に思考を支配されている。政府に洗脳されたのだ。
日本で法律を作る者の多くは、自ら票を求めて闘い、国民に真正面から審判を受けたわけではない。責任を負わず、地位と権限だけを握る仕組みは、民主社会にとって最悪だ。本来、法律は国民が公正な選挙で選んだ者が作るべきだ。安定身分の官僚が国民を締め上げるためにあるものではない。

















