妄想先生 第五回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 

 マライア・キャリーは風呂の中で歌を歌っていた。まみは自室で勉強をしている。本当に勉強してるのかしら? とマライア・キャリーは考える。女の子は忙しいから勉強する暇なんかないはずよ。わたしなんかもマニキュアを塗るのに忙しくて家で教科書なんか開いたこともなかった。試験はわたしとエッチをしたい男の人たちにカンニングさせてもらって通った。勉強なんかしてたら魅力的な女性になれないわ。

 寺山修司が窓から裸のマライア・キャリーを覗いていた。本物の寺山修司ではない。自称寺山修司の吉田なんとかという男性だ。

 マライア・キャリーと寺山修司の目が合う。寺山修司はビクッと怯むが、マライア・キャリーは「あら、また来てたのね」と優しく言う。

 寺山修司は何とも返事のしようがない。覗きは今まで沢山やったが、見つかってこんな余裕のコメントをきいたのは初めてだったのだ。

「今度『バグダッド・カフェ』に来て。わたしの裸が見れるわよ」とマライア・キャリーは風呂の窓から名刺を投げる。名刺はヒラヒラ舞って剥き出しになった寺山修司のペニスにピタリと貼りつく。

 

 

 隣に座っている女性の足が気になる。どこかの教授のように手鏡は持っていないが、直に触るのはもっと悪い。盛岡先生は触りたくてウズウズしている。そんな自分が情けない。塾の先生ともあろう者が電車で隣り合わせた女性の足に欲情するとは。

 盛岡先生は何度も何度も首を振って妄想を振り払おうとする。しかし妄想は盛岡先生にさらに襲いかかって離さない。「触れ」「触れ」と呼びかける。

「いやだ、ぼくは見知らぬ女性の足に触るなんて出来ない」と盛岡先生はついに声を出して拒絶する。

「触れ」「触れ」

「いやだ、女性に対して失礼じゃないか。ぼくはそんな破廉恥なことは出来ない」

 隣の女性は驚いてこちらをしげしげと見つめている。女性の顔はほんのり赤みを差していた。満更でもない様子だった。

 

 

 電車で隣合わせた女性は盛岡先生を追いかける。彼女の胸はドキドキ鳴っている。盛岡先生を心底美しいと感じている。男の人であんなに美しい人はいない。

 わたしはよく美しいと言われるけれど、美しいと言われるのは嫌いだ。女の美しいのはつまらない。ただの歩く性器のように見られている気がする。

 男性の美しいのは珍しい。男は強くなければならないから、いつまでも純粋では馬鹿にされる。馬鹿にされても純粋さを頑なに保ち続ける人こそが美しい。本人は保ち続けているつもりはない。保ちたくないのに保ち続けているのだ。それが人から見ると頑固に見える。頑固だから美しい。

 説明するのはなかなか難しい。説明なんかしなくていい。わたしは盛岡先生のペニスを握りたい。盛岡先生はわたしの膣の中に指を入れたらいい。

 あら、わたしとしたことがはしたない、こんな凄いことを考えるなんて。

 

 

 盛岡先生が風邪でお休みなので代わりに塾長が授業をしてくれる。倉橋まみは盛岡先生でないといやなので、肩肘で頬杖をついてぼんやりしている。

 倉橋まみはおよそ妄想とは無縁な人間だったが、盛岡先生と出会ってから妄想をたくましくする習慣がついた。

 女性の妄想を詳述することは差し控える。ただ、パッとしてポッと出て、ウッフーンと悶えてパクッと咥えて空を飛ぶ。

 人差し指と親指で円を作り、その向こうを覗く。塾の教室のはずなのに、その円の向こうは海だ。

 ザーッと波の音がする。倉橋まみは海の中で盛岡先生と戯れる妄想を見ている。

「おい、倉橋、授業中に目をつむって鉛筆を咥えるな!」と塾長がうろたえたように怒る。