お前はどうせオムライス 第九回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「ぼくは……何にもない」と望太郎に向かって力なく答えた。

「クワガタムシだけやなくて、お前も元気ないなあ。何かなりたいもんがなかったら、人間、元気になられへんで。俺、外交官になるから、お前は弁護士にでもなってくれ」

「べんごし……?」

 弁護士とは何か、ぼくは知らなかった。

「弁護士って知らんのか? 裁判所で活躍する人や。お前、もしかしたら、外交官も知らんのんちゃう?」

「うん、知らん」と思わず正直に答えてしまった。

「知らんのに、何にも言わんかったんか。そんな嘘ついたらあかんで。謝ってくれ」と望太郎はぼくに要求した。

 ぼくは何も考えずに「ごめん」と謝った。心の中では、外交官なんか知らんかってもええやないか、と呟いていた。

 望太郎と一緒にいることが苦痛になってきた。と言って突然逃げ出すわけにもいかない。ぼくには用事なんかないから、「また、明日」と手を振って別れるわけにもいかない。

「お前はそんなに簡単に謝って、プライドが傷つけへんのか?」と今度は別方向からきた。

「プライド?」

「プライドも知らんのか?」

「知ってる」

「ほな、プライドって何や?」

「何やって言われても……」

「知らんねんやんか。知らん時は正直に知らんって言わなあかん。知ったかぶりなんかしてたら、誰も何にも教えてくれへんようになるで。そうなったら、お前、何も覚えられへんようになる」と脅かす。

 ぼくはいい加減泣きたくなってきた。次から次へとダメ出しされるのは辛かった。だからと言って「人のこと馬鹿にすんな!」と怒る勇気もなかった。

 望太郎はぼくのことを馬鹿にしているわけではない。親身の友達として忠告しているだけだ。それは分かっている。分かってはいるが、余計なお世話という言葉も世の中にはある。

 その頃のぼくは優しい言葉に飢えていた。優しい言葉さえかけてくれるのなら、相手が悪人でもいいと思っていた。そのまま悪の道に引きずり込まれて、自分自身も悪人になってしまったとしても、優しい言葉が欲しかった。

 ダメ出しなんかされることなく、のんびりと体を休めながら憩う場所が欲しかった。残念ながらぼくにはそういう場所が一つもなかった。

 望太郎はぼくに次から次へとダメ出しをすることが楽しくて仕方がないようだった。盛んに色々なことを言ってぼくを責めていたが、途中からぼくはもう聞いていなかった。目から涙が溢れてきた。

「おい、何泣いてんねん。まるで俺がいじめたみたいやんか。俺はお前のためを思って言うてるだけやのに、お前はただいじめられてるだけやと思ってるんか?」とまた詰問してくる。

 どんどん追い詰められていく。目から流れ出る涙の量はさらに増えていく。

 望太郎はしまいにプンプン怒り出した。

「何で、俺がお前をいじめたことになるねん。いつもそうや。俺は正しいこと言うてるだけやのに、お前はいじめられてるような反応をする。それで結局怒られるのは俺や。何でやねん。友達やから忠告してるだけやのに、何でお前はそうやって泣いてばかりすんねん。お前に泣かれたら、俺の立場がないやないか。まだ泣いてんのんかいな。分かったわ。みんな俺が悪いねん。俺が謝るから、泣くのんやめてくれ」と言って、望太郎は「ごめん」と頭を下げた。

 涙はまだ溢れてくる。泣くと望太郎が困るんだと分かっているのに、どうしても涙が止まらない。

 しまいには望太郎は発言することをやめて、地面を這っている弱ったクワガタムシを見ていた。ぼくとしゃべるのがいやになったようだ。

 そうなればそうなったで、ぼくは不安になる。望太郎に見捨てられたら、ぼくには誰もいない。他にぼくに話しかけてくれる友達は、学校や近所の全てをかき集めても、一人もいない。

 だからといって素直に謝ることも出来なかった。第一、ぼくだけが悪いのだろうか。一体どうしてぼくはこんなに人に怒られるのだろう。もしぼくだけが悪いのだとしたら、それを直すにはどうしたらいいのだろう。