お前はどうせオムライス 第七回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 ぼくは毎日泣いている。父に足蹴にされては泣いて、母に髪を引きむしられては泣いている。どうしてぼくがこんな目にあわないといけないんだ。

 こんなぼくに将来なんかあるはずがない。ぼくは大人になったら大人を憎む人間になることだろう。大人を憎む人間に、社会的な栄達なんか望むべくもない。僻み妬んで根性の腐れ切った大人になるだけだ。

 そんな腐れ切った大人になるように仕向けたのは、お前たちだ! 罵倒したり足蹴にしたり髪を引きむしったり。そんなことをして楽しいのなら、プロレスラーにでもなればよかったんだ。小さな子供にそんな仕打ちをするのは、ただの卑怯者だ。

 オムライス、バンザイだ。オムライスしか食べられなくて何が悪いんだ。これでもぼくは親子丼だって食べられるんだぞ。野菜だって、どうしても食べろと言われたら、根性で食べる。

 ぼくはいつの間にかクワガタムシに向かってそういうことを口に出して語りかけていた。クワガタムシはぼくの語りを聞きながら、ただひたすら歩いていた。

 ぼくもひたすら歩く。ぼくが歩くのを邪魔する者があったら、睨みつけてやる。罵倒したり足蹴にしたりはしない。そんなことをしたら、あの卑劣な父親と同じレベルに落ちてしまう。

 いつかぼくにもぼくの歩くべき道が見つかるはずだ。クワガタムシも自分の歩くべき道を見つけて歩いている。その道が何の変哲もない地面だとしても、クワガタムシにとっては大事な道なのだ。ぼくはぼく一人にとって大事な道だと断言出来る道をきっと見つける。

 そして道の途中にオムライスの店があれば、ぼくはそこに入り、「おばさん、オムライスください」と呼びかける。

 オムライスをたらふく食べて、ぼくはまたぼくの道を歩き続ける。目の前のクワガタムシがひたすら前に前に歩くように、ぼくも前に前に歩く。

 ぼくとクワガタムシとオムライス。

 

二、

 背後から不意に「やあ」と声をかけられた。ぼくは振り向く。玉山望太郎が手をあげて立っていた。

 彼はぼくの友達だ。幼稚園にあがる前の年、ぼくのそばに寄って来て、「友達になってくれへん?」と申し出られて、それから友達になっている。

 正直なところ、ぼくは望太郎のことがあまり好きではない。同級生なのに、偉そうなのだ。

 母は「おさむは玉山君の家来なんやろう」と嫌なことを言う。

「家来やない!」と反発するが、二人の関係には実質的に上下関係がある。

 望太郎が「池に行こう!」と提案すれば、ぼくは池について行く。「駅に行こう!」と提案すれば駅に行くしかない。

「いや、ぼくはお菓子屋に行きたいんだ」と反抗することもない。

 しゃべるのも大概は望太郎がしゃべっている。ぼくはただ無言で聞いている。

「それは違うじゃないか」と反論することはない。反論しようにも、ぼくには望太郎の言っていることがほとんど理解出来ないのだから、無理な話だ。

 振り返ってニコリと笑った。ぼくは馬鹿だからそれくらいの反応しか出来ない。

「それはクワガタムシじゃないか」望太郎はとても元気な声で歌うように述べた。

「そう」とぼくは返事をした。

 クワガタムシでも、これはただのクワガタムシではないんだ。杭に釘付けになっていた、いわばキリストにも匹敵するくらい高貴なクワガタムシなんだ、という言葉はぼくの口からは出て来なかった。

「お父さんに買ってもらったんやなあ」と言って、望太郎は地面の上をゆっくり歩いているクワガタムシをいきなり取り上げた。

 釘付けにされていたくらいだからかなり弱っているはずだ。触るのも恐る恐るだったのに、望太郎の掴み方は乱暴だ。

「乱暴に触るな!」とも注意出来なかった。

 望太郎はクワガタムシを裏から見たり表から見たりしていたが、やがて「ちょっと元気のないクワガタムシやなあ」と言った。

 元気がないはずだ。釘付けにされていたんだからとは考えたが、そのことは言わなかった。どう言えばいいのか分からなかった。そんなクワガタムシを持っていることが、ひどく異常なことにも思えた。相手がどう言うか見当がつかなかった。ひどいからかいの言葉を耳にしたりしたら、きっと強いショックを受けてしまうだろう。