お前はどうせオムライス 第二回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「つまらん、いつも、オムライス、オムライスや。あんな女の腐ったみたいなもん食べて、何が楽しいねん」とまた毒づく。

 ぼくは何も楽しいからオムライスを食べているわけじゃない。食堂という所は、行くたびにとても緊張するから、ゆっくりメニューを見ている余裕がないのだ。

 母が「おさむはオムライスか?」と訊ねるので、「うん」と返事をする。

 何か他のメニューがあったら是非教えて欲しいのだが、母は面倒くさそうに「オムライスやろ?」と訊ねるので、ぼくは「うん」と答えざるを得ない。

 食堂にいる緊張と、恐ろしい両親と一緒にいる恐怖の二つで、食欲なんかまるでなくなっている。

 そして今はこの状況だ。父はどんどんイライラしていくのが分かる。口の中で絶えず罵っている。

 何を言っているのか分かるだけに怖い。本当に早いこと食堂を決めなければならないのだが、先に言った通り、ぼくには食堂の場所についての概念がない。

「はよ、決めろって、言うてるやろ!」と父の爆発はついに頂点に達した。

「なに、もたもたしてんねん。なんちゅうどん臭い奴やねん。お前なんか、あかんわ。なんやねん、余計な時はペラペラしゃべるくせに、こんな時はだんまりを決め込みやがって。俺を馬鹿にしてんのか?」と叫んで、自動車のダッシュボードの辺りを力任せに叩く。

 ぼくは心底怯えてしまった。

「ほら、ここや!」と怒鳴ったかと思うと、自動車は長屋の立ち並ぶ前の空き地の中に入って行った。

 どこか食堂を決めてくれたのかと期待したが、どこにも食堂はない。

 その日は日曜日だった。長屋の前には、何人かの人が集まったりそぞろ歩いたりしていた。

 父は自動車のエンジンを止めて、ドアを開けて外に出た。ぼくはどうしたらいいのか分からずキョロキョロしていた。

 父は地面に降りてドアを持ったまま、

「何してんねん。お前も降りろ!」と今までよりももっと大きな声で怒鳴った。

 ぼくは慌てて左側のドアを開けようとするが、ロックがかかっていて開かない。落ち着いている時はロックの外し方くらい分かるのだが、今は大慌てに慌てているので、ひたすらドアをガチャガチャさせるばかりで、他にどんな行動も取れない。

「何してんねん、あほ! お前は何をやってもあほやなあ。こっちから降りろ! ほら、こっち来い! 来いって言うてんねん!」

 父はぼくの右腕を掴んで、力任せに引っ張った。ぼくは何の抵抗もせず、父に引っ張り出されるままに引っ張られて、自動車の外に転げ落ちた。

 地面の石ころが膝に当たって痛かったが、この際そんなことを気にしている場合じゃない。

 父に右手を掴まれたままだったので、残りの左手で必死に起き上がろうとしていた。しかしそれが意外に手間取った。

「何、そんな所で寝てんねん! あほかお前は! さあ、どっか行って飯を食いに行け! 俺はお前のあとをついて行くからな」と父は怒鳴りつけた。

 地面に手を突いた時から、ぼくの目には涙がたくさん溢れていた。誰か助けてくれと、心の中で祈った。この状況から助けてくれる人がいたら、ぼくは一生その人の奴隷になってもいい。

 何とか起き上がったが、その時はもう声をあげて泣いていた。それを見た父がぼくの頭を平手で力強く叩いて、

「なに、泣いてんねん。泣いたらすむいうもんやないで。男のくせに毎日めそめそしやがって。なんや、それでもお前は俺の息子か。そんな泣き虫は俺は大嫌いや」と喚いた。

 そう言われたので、ぼくは土に汚れた手で一生懸命に目を拭って、涙を止めようとする。

「なんや、そんな汚い手で顔拭いて。お前土人か、あほ。こっち来い!」と強い力で引き寄せられて、タオルで顔を滅茶苦茶にこすられた。痛くて怖くて仕方がない。

 タオルから開放されて、その場に立って辺りを見回すと、遠巻きに二、三人の大人の男の人たちがぼくと父の様子を見ている。

 みんなニヤニヤしているばかりで、到底ぼくを助けてくれる様子はない。