コリコリ…… 第六回 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 いつも行く喫茶店に二人で入って、カウンター席に並んで腰かけた。そして精一はいきなり、

「迫田君は、経験あんのん?」と訊ねた。

「経験って、セックスか?」と別に声を落とすことなく平気に発言した。まわりの席の人たちが彼の方を見たが、彼は我関せずといった表情だった。そして、

「それやったらあるで」と事も無げに言った。

「ぼく、病気になる前は、えらい遊んだからなあ。女の子に会っても、盛岡さんみたいに緊張せえへんかったから、いくらでも相手がおった。いっぺん、家に来てたお手伝いさんとセックスしたら、その前に親父も手つけてて、親父が怒ったんや、『親子どんぶりすんな』って言うて」

『親子どんぶり』という言葉が面白くて、精一はハハハハと声をあげて笑った。

 すると途端に胸が軽くなった。

「迫田君は明るいなあ」と言うと、

「盛岡さんの方がもっと明るいわ」と返してきた。そして、

「何しろ、第一印象がええ。普通、向井さんみたいなスタッフと付き合いたいいうても、ぼくら病気のもんには叶わん夢やで。それが盛岡さんやったらできるんや。向井さんの方もまんざらでもないみたいやし。羨ましいわ。ぼくかって、ずっと向井さんに声かけててんけど、いっつも軽くいなされてた。そやから、ぼくの分も頑張ってな」と励ますような愚痴をこぼすような言い方をした。

「ほんでも、そんなにセックスの経験があって羨ましいなあ」と精一は精一で、羨望の眼差しで迫田を見た。

 すると迫田は、

「セックスなんか、いっぱいしたからいうて、何も偉いことあれへん。あんなん、何の知恵もあれへんノータリンでもできることやねんから。女の子の顔見て『やりたい』って言うたら、十人に一人くらいはやらせてくれる。百人言うたら十人とできるわけや。ぼくがやったんもそんなもんやから、何の工夫もあれへん。それにやってる時は気持ちええけど、やり終わった後に、『結婚してくれ』やなんて言われたら地獄やで。時には後から男が出てきて、『俺の女に手出しやがって。金出せ』なんて言われることもある。何かと厄介や、女いうんは。それでこの頃はぼく、女にはあんまり手出さんようにしてたんや。向井さんにはアプローチしてたけど、結局フラれたな」

「ほんでも、自分には、彼女おんねんやろ?」と探るように、下から彼を見つめた。

「彼女? ああ、美里のこというてんねんな。そうや、ぼくには美里がおる。ほんでも美里とは週末に会うだけや。やっぱりそれ以外の日に会う彼女も欲しいもんな」と迫田は返した。

 渡辺美里とのことはやはり否定しない。付き合っているというのは、本気なのだ。

「ほんでも、向井さんとしゃべるいうても、何をしゃべったらええんやろか」精一は軽く話を変えた。渡辺美里の話は、これ以上聞きたくない。そんな話を親切に聞いていたら、迫田という男の持つ信憑性まで疑われるような気がしたからだ。

「セックスのこと以外やったら、何でもええねん」とまた大きな声でセックスという言葉を吐いた。カウンターの向こうにいる女の子が、一瞬肩のあたりをピクリと震わせたように見えた。

「ほんだら、何を言うのん?」

「盛岡さんは、セックス以外に話題があれへんのか? そんなことあれへんやろ。自分、色んな知識持ってるやんか。その知識の中から一つ選んでしゃべったらええねん」

「ぼく、小説書いてるから、小説のことでもええかなあ」

「最高やんか。世の中に男はたくさんおるけど、小説書いてる男いうんは少ないからなあ。そんなこと言うたら、女は簡単にコロリとまいるよ」

「まいったら、どうなるの?」

「ほら、またセックスのこと考えてるやろ。あかんねん、そんなこと考えたら。ぼくみたいな下品な男やったらええけど、盛岡さんみたいな上品な男の人は、そんなこと考えたらあかん」

「あかんかっても、自然に考えてまうやん」

「自然に考えてもええけど、口に出さんかったらええねん。口に出すんは、小説のことだけ。それから思いついたことを何でもしゃべったらええ。セックスのこと以外やったらな。ほんでまず友達になるんや。男いうても女いうても、みんな一緒の人間やからなあ。まず誰でも友達が欲しいもんやねん。友達を何人か作って、その中で彼氏、彼女いうんができてくるもんやねん。最初から意識過剰になって、付き合って下さいなんて、目をむいて告白してもあかんねん。男の友達と仲良うするみたいに、女の友達とも仲良くする。そういう感じにまずならなあかん。セックスのことはそれから。売春でもするわけやあれへんねんから、女の人かて、友達みたいに仲良うしてる男の人やなかったら、セックスしようなんて思わんで。そう思わんか?」

「思う、思う」精一は迫田の説得力のある言葉に感服していた。