心中なんか大嫌い 第四十五回 | 中川忠の小説です。

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中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

「犯罪って、俺がどうして覗き見くらいの犯罪で驚かなきゃならないんだ?」と言ってニヤリと笑う。

「やっぱり……」静美はなるべく成岡から遠ざかろうと部屋の奥に移動しながらこう続けた。

「あなたが柴根さんを殺したのね?」

「殺したさ。悪いか?」

「悪いに決まってるじゃないの」と静美は目を丸くして成岡を見つめている。そして、

「今度は、わたしを殺しに来たの?」と恐る恐る訊ねる。

「まあね。一人殺すのも二人殺すのも似たようなものだしな」と成岡が言うと、静美は、

「宗近さん、わたしを守って!」といきなり宗近に抱きついた。宗近は驚いたが、抱きつかれるままにしておいた。この修羅場に彼は関係ないと考えたからだ。

 ところがそうは問屋が卸さなかった。成岡は宗近も餌食にするためにここに来たのだった。

「宗近さん、彼女を守ってあげなよ。だって一緒に心中する約束をしてるんだろ?」と成岡はニヤニヤ笑いながら訊いた。

「心中? どうしてあなたが心中のことを知っているの?」と静美が驚いて訊ねた。

「友理乃から聞いたよ。宗近さんが冷木さんに心中を迫られているからって困っていたぜ。俺にそれを相談したんだ。俺なら静美、あんたを説得出来ると言ってね。お前はそんなにあの男が好きなのかと訊くと、好きだと言いやがる。こんな風に見えても、俺はショックを受けたぜ。俺は友理乃なしでは生きられないと思うようになっていたからな。それで死のうと思ったんだ。静美と同じように、心中をしようと考えたのさ。でもこのラブホテルに来るのは拒まれた。あいつの家の前で話をしようということになった。往来で心中なんて出来ないから、俺は友理乃を殺すだけにした。そうして俺は今ここで生きている。俺は自殺なんかするような人間じゃない。こうやってここに隠れて住んでいたら、逃げられるんじゃないかと思ってる。ここは親父の持ち物だけど、名義は別の人になってるんでね。警察もすぐには見つけられないだろう」

「わたしたちが見つけたじゃないの。ここから出たら、わたし、警察に電話をするわよ」

「静美がここから出るのは死体になってからだ。宗近さん、あんただってそうだ」成岡は睨みつけるような目で宗近を見やった。

「ぼくは心中なんかしない。冷木さんとお付き合いをするんだから、心中はしないで済むんだ」

「わたしと付き合ってくれるの? 嬉しいわ」と静美は成岡の目を伺いながら、小さく喜んだ。

「よかったね、お嬢さん、死ぬ前にお付き合いを承諾してもらって。さて、今から心中の始まりだ」と言って、成岡はズボンのポケットから小さな瓶を取り出した。

「これをビールに混ぜて、二人で同時に飲みなよ」と言った。

「ぼくは心中なんかしない」宗近は怖さのために息が苦しくなっていたが、何とかそれだけのことを言った。

「わたしも、宗近さんとお付き合いが出来るのなら、心中なんかしないわ」

「ところが、俺の事情から考えると、あんたたちはどうしても心中しないといけないことになる。そんなことくらい分かるだろう」

「わたしも宗近さんも警察に連絡なんかしないわ」と静美は両手を胸の前で組み合わせて、成岡に対して祈るようにしている。

「そんなこと、信用出来るわけないだろう。静美は冷酷な女だから、友理乃が死んだって何にも思わないだろうが、この宗近さんは友理乃のことを本気で好きだったんだからな。友理乃を殺した俺のことを許すはずがないじゃないか」

「宗近さん、許すわね。ねえ、許しましょう」と祈るように組み合わせた両手を、今度は宗近の方に向けた。本当に中身のない女だ。こんな女にさっきまでいい気持ちにさせられていたのかと思うと、情けなかった。