心中なんか大嫌い 第三十四 | 中川忠の小説です。

中川忠の小説です。

中編小説を掲載しています。方針を変更して、毎日の連載にします。

 宗近は不意にドキリとした。今までぼんやりして気づかなかったが、彼と真央乃はこの家の中の孤絶した部屋に二人きりでいるのだ。彼女は友理乃の姉ではあるが、同時に独立した一人の女性だ。一人の女性として、彼女はとても魅力的だ。昨日もそう思った。そして今日は特にそう思う。

 喪服を着て妹の死を悲しむ彼女は、昨日のただひたすら元気だった彼女とは感じが全く違う。弱々しく、もの柔らかな感じがする。

 二人は薄暗い部屋の中で手を取り合って座りながら、しばらく黙り込んでいた。これからどうすればいいのか、宗近が分からなかったのと同様に、真央乃にも分からなかった。しかし彼らの心は、既にしっかりと結び合っていた。そのことは二人とも分かっていた。だから宗近も、ここに連れて来られた時に、「何故?」と訊ねなかったのだ。真央乃も何故連れて来たのかを説明しなかった。

 これは罪ではないのかという問いは、二人の心の中にあった。宗近は友理乃の彼氏であり、真央乃は友理乃の姉に違いない。そうした厳然たる関係が、友理乃の死によって簡単に崩れ去ってもいいものだろうか。彼女の死があったとしても、真央乃はあくまでも友理乃の姉のままでいなくてはならないのではないだろうか。

 二人の交わりは、そうした躊躇を含んだものだった。だが躊躇を含んでいるものであるからこそ、二人の体はいっそう燃え上がった。

 服装を整えて家を出た二人は、駅の方角に向かって並んで歩いていた。何を語るともなく、何を隠すともなく。

 二人の関係は背徳の匂いがしたからこそ、結びつきは強いものに思われた。真央乃だって、単に友理乃の代わりに宗近と交わったとは言わないだろう。宗近だってそうは思っていない。二人の中には、もはや友理乃の影は小さいものになっていた。そのことが二人の心をまた苦しめた。

 これからどうすればいいのだろう、二人の思いはその思いの中を右に左に揺れ動き、そして二人はいつの間にか駅のそばにまで来た。

「警察はうるさくなかった?」と真央乃は不意に方向違いのことを訊いた。

「うるさくてもいいさ。ゆりのちゃんを殺した者が捕まるのなら、何度でも協力する」

「わたしは真央乃っていうの」と分かり切ったことを言う。宗近は彼女の意図が分からなかった。

「知ってるよ」とあっさり答えてしまった。

「わたしのことはどう呼んでくれるの?」と彼女は簡単に種明かしをした。さっぱりした性格の彼女にとって、相手をじらすという手練は無縁のものなのだろう。

「ああ、そうだね」と言って、彼は真央乃の顔を真っすぐに見つめた。

「でも、ぼくと付き合ってくれるのか?」と訊ねた。

「わたしをどういう女だと思っているの? あんなことをしたいだけの理由で、わたしの部屋にあなたを引き入れたと思っているの?」

「それはない。でもゆりのちゃんは今日死んだんだ」

「そうよ」

「今日死んだ人のお姉さんと、その日のうちにお付き合いを始めるわけなんだね」

「嫌なの?」

「嫌じゃないよ、もちろん。きみならばね」

「わたしのことはどう呼んでくれるの?」

「真央乃は真央乃だ。まおの」

「呼び捨て?」

「呼び捨てはいけないか? きみのような大人っぽい女性に、さんやちゃんをつけるのはおかしい。呼び捨ての方がぴったりだ」

「わたし、大人っぽいの?」

「きみは大人っぽいよ。自分でも意識しているだろう?」

「でも背は低いわよ」

「背の低い人の方が気は強いんだよ」

「気が強いなんて言われて、女の人は喜ばないわ」

「だから大人っぽいと言ったんだ」

「大人っぽいのと気が強いのとは、全然違うみたいだけど」

「全然違う。全然違うけれど、気が強いの中に大人っぽいが含まれているとは思わないか? まず気が強くないと、人は大人っぽくはなれないとぼくは思うが、どうだろう」

「大人っぽいという要素は、気が強いという円の中に含まれているのね?」

「そうだ。そしてその円の中には他にも色々な要素がある」

「例えば?」

「例えば、色っぽいとか」

「いきなり色っぽいが出て来るの。びっくりしちゃった」という言葉を発する真央乃には、全くびっくりした様子はない。とても落ち着いている。