世の中では、『勝ち組』、『負け組』という言葉がよく使われる。
富や名声を一つの指標にして、そういう言葉が使われる。
しかし一方で、誰もが心の中で思っている。
「人生における『勝ち組』とは何だろう?」
「勝ち負けなんて関係ない」
「自分の人生はこれで満ち足りているんだ」 と ──
これは一面的には正しい。
人によっては正しい、と言った方が正確だろうか。
事実、俺も長らくそう思い続けてきた。
俺は彼女もいないしオタクだし、社会的にはピラミッドの最底辺である。
でも、アニメを観て、漫画を読んで、ゲームをして、
そうして生きていることは楽しい!
親の脛かじって生きて何が悪いんだ!
先のことなんて考えなければいい!
……
周りがどう思おうが関係ない。
俺は人生を満喫している。
まぁ、そう思っていられるうちは幸せだった。
『そう思っていられるうちは』……だ。
つまり、最近はそうも言っていられなくなった。
現状に疑問を持った。
いや、元々疑問はあった。
自分を騙し続けているという自覚はあった。
今の自分に対する疑問。
それは時間をかけて大きくなっていった。
そして遂に爆発した。
このブログを始めた理由はそこにある。
「俺は今の自分を変えたい」
勝ち組になりたい。
自分の力を世の中で証明したい。
周りから認められたい。
あのゲームで活躍するような、
「俺は、主人公になりたい……!」
どうすればいいか?
今のままでは駄目だ。
……そういうわけで、俺は決意したのである。
自分を変えることを。
閉塞感に満ちた現状を打破することを。
ただ、正直に言っておこう。
俺には自分を変えるビジョンすらない。
具体的にどうすればいいか分からないのである。
ビジョンのない決意は失敗する、というのは馬鹿な俺にも分かる。
それでも、ビジョンは模糊曖昧としている。
元々、経験や知識が少ないのだ。
家にヒキこもってばかりいるのだから当然である。
ビジョンを作る材料がないということである。
だから、必死に手探りでやっていくよりない。
そう思っている。
必死に、というのが重要である。
変化は痛みを伴う。
今の自分を変えるという大きな変化ならば当然である。
二次元における主人公だってそうだ。
試練や大ピンチを乗り越え、大切な人や世界を救う。
このブログは『現状打破』という試練を乗り越える軌跡になる。
俺が『自分を認められる自分』になったとき、見返して、
「俺、必死にもがいて、努力してきたんだなぁ」
と大泣きできるような、そんな記録にしたいと思っている。
さて……
いい加減に長くなってきたので、そろそろ筆を置く。
現実の行動を伴わない決意は無意味である。
主人公はいつだって行動する。
Today is the first day of the rest of your life.
今日という日は、残りの人生の始まりの日だ。
これは俺の座右の銘だ。
俺は変わる。
俺は主人公を目指す。