お茶が美味しい。
左は、栗。
緑茶と栗のハーモニーがいい。
紅茶の場合、栗の風味が薄くなってしまうため、お湯出しがいいのだが、
このお茶は緑茶で栗の風味がしっかりと出るため、むしろ水出しがおすすめ。
右は、EXOTICA。
ルイボスティーに紫蘇とミントをブレンドした清涼感溢れるハーブティー。
この夏にはたまらない一品。
いずれも水出しできることが魅力。
筆者は、麦茶用ポットに茶葉とお水を注ぎ、冷蔵庫で冷やしてゴクゴク楽しんでいる。
最近マトモなブログを書いていない。。
マトモな文章を書いていないということは、
最近の頭と心の整理ができていないということになる気がする。
さらには最近はツィッターというものをおっぱじめ、そちらにつぶやくことが多い。
ツィッターは単発的な文をアウトプットするのに非常に優れている。
単発的な文とは、例えばコピーのような言葉遊びのツィートである。
(もちろん、日常会話のように話し言葉をツィートするのも結構だが、それで自身の言葉力が豊かになる可能性はあまり高くはないかもしれない。)
たとえば
「男は黙ってサッポロビール」
という有名なコピーが頭をよぎった時、
「女は愚痴って結局ビール」
なんて瞬間的に出てきた言葉を、
書きとめる人や、
誰かに電話して「聞いて!思いついちゃった!」と
わざわざ言う人なんてそんなにいない。
しかしこういうことは日常的に結構頻繁に起こり(少なくとも私は)、
アウトプットしないために、たいがいすぐに頭の中から消されていく。
でもそんなくだらないこと?がツィッターでは当たり前の出来事なのだ。
自分がツィートしたことに対して、フォロワーは必ずしも反応する必要はなく、
文章に何の意味がなくても成立するコミュニティーなのである。
人との関わりという観点では意味のない行動かもしれない。
しかし、ほとんどがいらない情報なだけに掘り出し物の情報もかなりある。
自分の思考をリアルタイムに露出させる。こういうツィッターの使い方もある。
これはあくまでも単発的な文章や、単発的な思考に限る。
しかし、ツィッターに限らず、頭の中で起こったその瞬間のものを
アウトプットしていくという作業は以外に重要なのではと思うのだ。
また、起承転結の文章を書くことも重要だろう。
これはある程度の技術で書けるようになっても、
継続しないとすぐに書き方を忘れ、見るも無残な文章になってしまう。
「が」「を」「は」「に」の使い方、
接続詞や文章表現のバリエーション、
悲しいほどに乏しい自分にがっかりする。
最近では公共の文章やテレビでも違和感を感じる言葉が多くなり、
またその違和感に確信を持てない自分もいる。
総じて、自分の言葉力は稚拙で貧相だという部分にすべて集約されるのだが、
この読み手のことを全く無視し、今面白くない文章を書いている自分、
それをアップする自分も併せて反省すべきであろう・・・・。
っしゃあ!!
梅雨明け初の午前中OFF!
お布団からなにから全部洗ってやる!!
エアコン?
そんなもんはスイッチオフ!
まめに汗腺を刺激シテクダサイ。
BGMはoasisのライブCDです。
晴れてあっちぃ日はライブ音源です!