2012の目標は
『専門性の追求』
専門性といっても、周りに語る知識を増やすことではなく、
自分のできることを増やすこと。
生み出せるところまで持っていくこと。
そしてそれがニーズに応えていること。
ちなみに、専門はひとつとは限らない。
当たり前といえば当たり前ですが。
きちんと意識してやっていきたい。
よし、やるぞ!!
私たちは日常で『人と向き合う』ということをどれだけ実践しているだろうか。
向き合うということは自分もリスクを背負い、傷つく覚悟が必要だ。
それは仕事でも、人間関係でも同じこと。
沈黙を守り『静』を保つことでものごとを停止させることはできない。
むしろ、ものごとは時間と共にどんどん悪い方向へ向かう。
それに気づかない人間は意外と多い。
そういった人間は、無責任、誠意が無いなどと判断される。
もちろん、各人の向き合う許容範囲というものはある。
キャパシティーは人それぞれで、向き合いすぎてしまうと自分を壊す可能性がある。
しかし、どうだろう。
キャパオーバーしている人を理解し、余裕のある方がそれを受け入れる。
その構図は毎回決まった人になってしまいがちではないだろうか。
余裕のある方だって、キャパオーバーになることはある。
それをバーストさせないように、少しずつ調整しながら生きているのだ。
その気持ちを分かってほしいと思うのは自分勝手な言い分で、やはり自己責任の範囲なのだろうか。
このような『向き合わない』という甘えは、表だって糾弾できないのが一番悔しい。
愛がそれを許してしまうからだ。
あるいは、それをこなせてしまう人間がいるからだ。
支え合うことは難しい。
しかし、東日本大震災以降、多くの人が支え合うこと、向き合うことについて考え始めたのではないだろうか。
立派なことをしなくていい。
最愛の人に、地域社会に、日本に、世界に、そしてこれからの未来に向き合うことがどれだけ大きな一歩か。
もう沈黙と『静』で自分を保てる時代は終わったのだと私は声を大にして言いたい。
そしてある人はこう言った。
これからはいろいろなものが淘汰される。
そのときに生き残るのは共同体であることも認識しておく必要があるだろう。
向き合うということは自分もリスクを背負い、傷つく覚悟が必要だ。
それは仕事でも、人間関係でも同じこと。
沈黙を守り『静』を保つことでものごとを停止させることはできない。
むしろ、ものごとは時間と共にどんどん悪い方向へ向かう。
それに気づかない人間は意外と多い。
そういった人間は、無責任、誠意が無いなどと判断される。
もちろん、各人の向き合う許容範囲というものはある。
キャパシティーは人それぞれで、向き合いすぎてしまうと自分を壊す可能性がある。
しかし、どうだろう。
キャパオーバーしている人を理解し、余裕のある方がそれを受け入れる。
その構図は毎回決まった人になってしまいがちではないだろうか。
余裕のある方だって、キャパオーバーになることはある。
それをバーストさせないように、少しずつ調整しながら生きているのだ。
その気持ちを分かってほしいと思うのは自分勝手な言い分で、やはり自己責任の範囲なのだろうか。
このような『向き合わない』という甘えは、表だって糾弾できないのが一番悔しい。
愛がそれを許してしまうからだ。
あるいは、それをこなせてしまう人間がいるからだ。
支え合うことは難しい。
しかし、東日本大震災以降、多くの人が支え合うこと、向き合うことについて考え始めたのではないだろうか。
立派なことをしなくていい。
最愛の人に、地域社会に、日本に、世界に、そしてこれからの未来に向き合うことがどれだけ大きな一歩か。
もう沈黙と『静』で自分を保てる時代は終わったのだと私は声を大にして言いたい。
そしてある人はこう言った。
これからはいろいろなものが淘汰される。
そのときに生き残るのは共同体であることも認識しておく必要があるだろう。
『人間失格』
ふと虚しいと思う瞬間がある。
今この時間に存在していることにいたたまれなくなり、生きていることが恥ずかしくなる。
自分がこの世の汚れの塊に感じて、この命を絶ったとしても、死体の分解による二酸化炭素や窒素として地球の構成物質の一部に残ると思うと吐き気がする。
私は嫌う。
よく見られたいと言葉の節々に修飾語を多用し、あいまいな表現に徹する。
毎日何か口に入れようと欲し、無意識に生きようとする。
息をしている。(そして汚れたものを吐き出すのだ。)
成功したい!と聴こえない声でいつも叫んでいる。
私は嘘をつく。
他人から羽根を抜き集め、自分の皮膚に突き刺し着飾る。
様々な色の羽根はまるで孔雀のように美しく私を彩る。
羽根を突き刺したところから血が出てることなんて関係ない。
だってみんなそうやって生きてるじゃない。
私は都合のよい解釈をする。
ある時は他人の為に生きて、ある時は自分の為に生きる。
わからないふりをする。
今此処にいる自分を認めるために様々な理由づけを必死で偽造する。
人と違ったって構わない、それが個性というもの。
私は絶望する。
生まれてきたこの境遇に。
顔に、体に、肌の色に。
正義を振りかざしながら人が人を殺し合う現状に。
騒がず何もしないことが平和だと思っている者に。
そして思う、絶望から生まれるものって何だろう、と。
私は孤独だ。
残念ながら、悪い気はしない。
残念ながら、いい気もしない。
ただただ、そこに在るだけなのだから。
とまぁ、この文章のほとんどが作り物なのだけれども。
