銀幕閑話:第384回 「晩秋」から「レイトオータム」へ
韓国の人気スター、ヒョンビンと「ラスト、コーション」のタン・ウェイが共演する「レイトオータム」(キム・テヨン監督)は、シアトルを舞台に共に事情を抱える男女が運命的にめぐり合うラブストーリーだ。
どこかで見たような展開と思う向きもあるだろう。それも無理はない。66年のイ・マニ監督の「晩秋」のリメイク。同作品をめぐっては、題材に触発された斉藤耕一監督が岸恵子、萩原健一の共演で「約束」を撮るなど日韓の著名監督が繰り返し映画化しているからだ。
収監中の受刑者が一時的に外出を許される。移動する車中で思わぬ出会いが……。そんな一定の条件のもとに描けば、障害を乗り越えようとする主人公たちの愛もより輝きを増すはずだ。制約が多ければ多いほど監督たちの想像力も刺激されるに違いない。
キム・テヨン版の「晩秋」は次のような展開だ。DVの夫を誤って死なせ受刑中のアンナ(タン・ウェイ)は模範囚。母親の葬儀に出席するため3日間の外出が許されシアトル行きのバスに乗る。そこへ誰かに追われ事情ありげのフン(ヒョンビン)が駆け込み、同じアジア系のアンナを見つけバス代を貸してほしいと頼む。アンナは中国系、そしてフンは女性をもてなして金を稼ぐ調子のいい韓国人男性だった。
強引な男の申し出に、アンナはやむを得ずお金を差し出すものの、その後いくらフンが話しかけてきても無視を決め込む。
どこか陰のあるアンナが気になり、なれなれしく話しかけるフン。一方アンナの方は男の顔を見ようともしない。この対比が鮮やかである。一方通行のような関係が崩れるのはシアトルに着いて別れた後だ。
むなしいアンナは気晴らしにショッピングをするが…… (C) 2010 Boram Entertainment Inc. All Rights Reserved
うっとうしいだけの存在だった男は、ささくれ立った今の彼女の心には渇きを潤すように少しずつ馴染んでくる。戸惑いながらも言葉を交わし、徐々に距離は縮まっていく。一方最初は軽い気持ちで付き合おうとしていたであろうフンは、愛など信じない男から、おずおずと女の心に寄り添う男に変わろうとしていた。そして次のような言葉をかけるのだ。「ここでまた逢いましょう。あなたが自由になる日に」
再び出会ったフンとアンナはシアトルの街を回る (C)2010 Boram Entertainment Inc. All Rights Reserved
思い出すのはキム・テヨン監督が06年に撮った「家族の誕生」。それぞれ問題を抱える登場人物が周りとぶつかり合い、一見バラバラに見えた展開が、個々には少しずつ折り合いをつけながら変わり始め、まるで赤い糸で結ばれるように思いもかけない絆を織り上げていく。人と人が育む不思議な関係を温かいまなざしで描いた監督の代表作である。そして今作も人間の可能性を信じる監督が引き続き願望を込めて作り上げた作品と言えるかもしれない。

ヒョンビンもアメリカで生活する韓国人ホストという難しい役殻を自然に演じ、後半の一途な男への変身ぶりも好感が持てる。韓国の海兵隊に自ら志願して入隊した
ヒョンビンだけに、そんな役柄は結構似合うような気がする。
もしこの二人以外のキャスティングだったら全く違う作品になっただろう。霧深い晩秋のシアトルという舞台設定と合わせ、この二人にかけた監督のこだわりぶりがうかがわれる。
「レイトオータム」は2月4日からヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。【紀平重成】