とある仕事帰りのサラリーマンYの話。


仕事帰り、いつものようにYは武蔵野線に乗った。

武蔵野線は頻繁に運行が滞る事で有名。
強風が吹くと止まっちゃうくらい貧弱。
まるでTDLの20時の花火。

この日も停電でストップしてしまった。
西船橋から隣の隣の駅まで行くのに1時間かかった。
Yの地元の駅はさらに2駅先。

市川大野駅で停車すること30分。
挙句の果てに構内のアナウンスで、
当分動かないとの情報が入る。

かなりイライラしていたYは、
京成バスへの振り替えチケットも受け取らずに駅を離れ、
タクシーのロータリーを探したが、
見当たらない。

怒りから焦りへ。

駅前なのに交通量の少ない道路で、
タクシーを探す人影がY含め3つ。

1つのタクシーが来た時、
1番手前の男性が乗った。
目的地は「八柱」。
Yと同じだ。
Yはあいのりを頼もうか迷ったが、
やっぱりやめた。

次のタクシーが来た。
Yが手をかざすと、
前に立っていた女性も手をかざした。
Yが「どうぞ。」と譲ると、
女性も「先にどうぞ。」と譲り合った。

お言葉に甘えてYがタクシーに乗り込み、
「八柱へ。」と告げた。

すると、
「待ってください!私も八柱なんです。一緒にいいですか?」
と女性が乗り込んできた。
Yはジェントルに「どうぞ。」と招き入れた。

女性は八柱に住むフリーターらしい。
とんでもなく綺麗な顔立ちをしていた。
そして感じがイイ娘だった。

Yが八柱に引っ越してきて間もないと言うと、
「結婚して引越してきたんですか?」と、女性に言われた。
Yはオッサンに見られたと思い、少し凹んだ。

当たり障りのない会話をしながら、
あっという間に八柱駅へ。
楽しい時間は過ぎ去った。

Yはタクシーにお金を払い、
「もともと1人で乗るつもりだったし、お金はいらないよ。
むしろタクシーの中、楽しかったよ。ありがとう。」
とお金をYに渡そうとする女性に告げた。
「そんな悪いですよ。」と戸惑う女性に、
「それじゃあもし今度会ったら一緒にご飯付き合って。」
とYは爽やかに言い放った。
女性は屈託のない万遍の笑みで、
「ありがとうございます。」
と言った。

Yは女性の名前も聞かずに立ち去った。


なぜ女性は先の男性ではなく、Yとのあいのりを選んだのか?
最後のスンゴイ笑顔はお金に対してか、それともYに対してか?

八柱駅から帰る道、いろいろな想像をしながら、
Yは気分爽快な後悔に自然と笑顔になっていた。


長編物語をここまで読んでいただいてありがとう。
さて、あなたはYが女性に連絡先を聞かずに立ち去った事、
どう思っただろうか?
チキンだと思っただろうか?
それともジェントルマンだと思ってくれただろうか?


俺はYに対して、
「社会人になってメッキリ出会いがなくなったっていうのに、
運命的な出会いスルーしてんじゃねーよ。
このチキン野郎が。」
と思った。


でもYは、
「こういう出会いをしてこういう別れ方してよかった。」
って思っている。

なぜなら、
トキメキを感じることができたから。


ときめき、忘れてませんか?