一輝がバスルームを出ると、交代で瞬がバスルームへと消えた。
少し、瞬の態度がよそよそしく感じたが、それも仕方ないのかもしれなかった。
瞬に、意識させてしまったのは、自分だ。
一輝は小さなため息をついた。
思っていた以上に、自分と戦わなければいけないな――。けれど、くよくよするつもりはない。
湯船に浸かりながら、一輝は何度も考えていた。
どんなことがあっても、瞬を幸せにするのは、俺しかいない――と。
瞬の幸せのためなら、自分が犠牲になることくらい、なんでもない。この想いを、一生ひた隠しにして生きたっていい。
そして、もうひとつの可能性を考える。
もし――瞬が、俺を受け入れてくれたなら――そのときは、これまで以上に愛してやろう。命をかけて――瞬の魂まですべて、愛し抜いてやろう。
どちらにせよ、俺がやるべきことは、瞬を愛すること――それだけだ。
一輝の心は、決まった。
●○●○●○●○●○●○●○●○
チン、とシャンパングラスが小気味良い音を立てる。
乾杯のあと、ふたりはグラスに口をつけた。
「美味しい」
瞬は、嬉しそうに笑った。
風呂から上がってからの瞬は、いつもの瞬に戻っていた。
よく冷えたシャンパンが、ふたりの喉を潤す。
瞬は、いっしょにフルーツをすすめたが、一輝は食べなかった。シャンパンにも、あまり口をつけないようにした。
一輝は酒に強かったが、万が一酔ってしまって、たがが外れるとよくない。酒に酔わなくても、目の前に座る湯上がりの瞬に、酔ってしまいそうなのだから。
そんな一輝とは裏腹に、瞬は結構なペースで飲んでいた。
「瞬、そんなに飲んで平気なのか?」
一輝の気遣いをよそに、瞬はにっこりと微笑む。
「大丈夫です」
そう答えているものの、瞬の頬はすでに桜色に染まっており、目も潤んでいる。
本当に大丈夫なのか?飲みたい気分なのかもしれないが……。
「ほどほどにしておけよ」
瞬は、酒に強くない。城戸の屋敷でも、飲んでいる姿はあまりみたことがなかった。たまに、星矢や氷河と晩酌を交わしていたようだが。
そういえば一度、瞬と氷河が深夜のリビングで晩酌を交わしている場面を目撃して、一輝は激しく嫉妬したことを思い出した。
翌朝になってから、氷河をつかまえて、夜中に瞬を酒に誘うなと釘をさしたことを覚えている。
弟の交友関係に過干渉になる兄は誉められたもんじゃないだろうが……。
ほろ酔いで艶っぽくなっている瞬を、氷河も見たのかと思うと、過ぎたことながらに腹が立ってくる。
「兄さん、どうしたんですか?怖い顔して……」
不思議そうに一輝を見つめる瞬。
「ああ、いや……なんでもない」
一輝はあわてて取り繕った。しかし、瞬は食い下がってきた。
「お酒もあんまり飲んでないですし……つまらないですか?」
「いや、そんなことはない……楽しいよ」
「……ほんとですか?」
小さく首をかしげて見つめてくる瞬に、一輝はドキッとした。長い睫毛の奥で、濡れた緑の瞳がキラキラと宝石みたいに耀いている。
「ああ、少し仕事のことを考えていたんだ……すまない」
でまかせなのだが、理由を聞いた瞬は、ホッとした表情を浮かべた。
「よかった……。僕は、兄さんと、こうしてふたりで暮らせることが、とてもうれしいんですよ。でも、兄さんは、つまらなかったらどうしようって……」
いきなり、なにを言い出すんだ、こいつは……。
突然の瞬の独白に、一輝は内心うろたえる。
「僕は、なんだか前よりずっと、兄さんのことを一人占めできるような気がして、うれしくてたまらないんですけど……」
瞬は、照れくさそうに笑った。
酔っているのか?……そうだとしても、瞬の口からこんな言葉が聞けるなんて、思ってもいなかった。
にわかに、一輝の心に火がつく。
「えっと……ごめんなさい……なんか僕、変なことを言ってしまって…………酔ってるのかな……」
一輝の表情の変化に気づいたのか、そわそわしだした瞬の手を、一輝はつかんだ。
「瞬……俺を、一人占めしたい?……本気で言っているのか?」
瞬の細い指を、一輝はやさしく握る。
「あっ……」
目と目があう。瞬の頬がさらに赤く染まる。瞬は、うつむいて手を引っ込めようとしたが、一輝は逆に、強く引き戻した。
どうなんだ――問いただしたい言葉が、喉元まで出たが、一輝は黙って瞬の答えを待った。
「…………」
瞬が躊躇しているのがわかる。
一輝は、思う。
瞬、おまえの欲しいものは目の前にある――おまえが本気で望むなら、俺は――俺だって、おまえを俺だけのものにしたいんだ――。
それは、祈りにも似た気持ちだった。もしかしたら、積年の想いが叶うのかもしれないと、淡い期待に一輝の鼓動は速くなる。
しかし、瞬は、はぐらかそうとした。
「……あの、お水……取ってきます……」
そう言って、一輝の手を払うようにして、椅子から立ち上がって背を向けた。
(クソ……!)
カッとなった一輝は逃がすまいと、瞬の手首を掴んだ。そして、強引に後ろから瞬を抱きしめた。
テーブルと椅子が大きな音を立てて揺れた。そのあとに訪れる静寂。
洗いたての、ふわふわとした瞬の髪からシャンプーの香りがして、鼻先をくすぐる。華奢で小さな体は、腕の中にすっぽりとおさまり――。
一輝は目眩がしそうなほどのいとおしさに襲われた。
たまらず、瞬の頭に、そっと唇を落とす。
そして、髪にキスをしながら、瞬の耳をさぐる。
「ん……っ」
一輝の唇が、瞬の耳にたどり着いたとき、瞬は小さな声を漏らした。
後ろから、瞬の耳をやさしく愛撫する。甘噛みすると、瞬は弱々しく、いやいやと頭を振った。
「だめ……」
だめと言われても、止められるはずがない。一輝は、さっきより強く瞬を抱きすくめて、瞬のうなじに顔をうずめ、白い肌を唇でなぞった。
「あぁ……やだ……兄さん……」
瞬の声が震えていることに、一輝は気づいた。小さく嗚咽を漏らし、瞬は泣いていた。
「瞬……」
一輝が抱きしめていた腕を緩めると、
瞬は、一輝の腕から逃げてしまった。
瞬の部屋のドアが閉まる音が、廊下に響く。
一輝は、茫然と立ちつくした。
腕に残る瞬の感触と、唇に残る瞬の体温。やってしまった。
(カッとなって瞬に手を出した――)
あれほど堪えてきたというのに、瞬を傷つけてしまった。
(泣いていた……)
泣くほど嫌だったのか?俺の思い違いだったのか?
一輝は頭を抱えた。
クソ、……なにやってんだ、俺は……。
少し、瞬の態度がよそよそしく感じたが、それも仕方ないのかもしれなかった。
瞬に、意識させてしまったのは、自分だ。
一輝は小さなため息をついた。
思っていた以上に、自分と戦わなければいけないな――。けれど、くよくよするつもりはない。
湯船に浸かりながら、一輝は何度も考えていた。
どんなことがあっても、瞬を幸せにするのは、俺しかいない――と。
瞬の幸せのためなら、自分が犠牲になることくらい、なんでもない。この想いを、一生ひた隠しにして生きたっていい。
そして、もうひとつの可能性を考える。
もし――瞬が、俺を受け入れてくれたなら――そのときは、これまで以上に愛してやろう。命をかけて――瞬の魂まですべて、愛し抜いてやろう。
どちらにせよ、俺がやるべきことは、瞬を愛すること――それだけだ。
一輝の心は、決まった。
●○●○●○●○●○●○●○●○
チン、とシャンパングラスが小気味良い音を立てる。
乾杯のあと、ふたりはグラスに口をつけた。
「美味しい」
瞬は、嬉しそうに笑った。
風呂から上がってからの瞬は、いつもの瞬に戻っていた。
よく冷えたシャンパンが、ふたりの喉を潤す。
瞬は、いっしょにフルーツをすすめたが、一輝は食べなかった。シャンパンにも、あまり口をつけないようにした。
一輝は酒に強かったが、万が一酔ってしまって、たがが外れるとよくない。酒に酔わなくても、目の前に座る湯上がりの瞬に、酔ってしまいそうなのだから。
そんな一輝とは裏腹に、瞬は結構なペースで飲んでいた。
「瞬、そんなに飲んで平気なのか?」
一輝の気遣いをよそに、瞬はにっこりと微笑む。
「大丈夫です」
そう答えているものの、瞬の頬はすでに桜色に染まっており、目も潤んでいる。
本当に大丈夫なのか?飲みたい気分なのかもしれないが……。
「ほどほどにしておけよ」
瞬は、酒に強くない。城戸の屋敷でも、飲んでいる姿はあまりみたことがなかった。たまに、星矢や氷河と晩酌を交わしていたようだが。
そういえば一度、瞬と氷河が深夜のリビングで晩酌を交わしている場面を目撃して、一輝は激しく嫉妬したことを思い出した。
翌朝になってから、氷河をつかまえて、夜中に瞬を酒に誘うなと釘をさしたことを覚えている。
弟の交友関係に過干渉になる兄は誉められたもんじゃないだろうが……。
ほろ酔いで艶っぽくなっている瞬を、氷河も見たのかと思うと、過ぎたことながらに腹が立ってくる。
「兄さん、どうしたんですか?怖い顔して……」
不思議そうに一輝を見つめる瞬。
「ああ、いや……なんでもない」
一輝はあわてて取り繕った。しかし、瞬は食い下がってきた。
「お酒もあんまり飲んでないですし……つまらないですか?」
「いや、そんなことはない……楽しいよ」
「……ほんとですか?」
小さく首をかしげて見つめてくる瞬に、一輝はドキッとした。長い睫毛の奥で、濡れた緑の瞳がキラキラと宝石みたいに耀いている。
「ああ、少し仕事のことを考えていたんだ……すまない」
でまかせなのだが、理由を聞いた瞬は、ホッとした表情を浮かべた。
「よかった……。僕は、兄さんと、こうしてふたりで暮らせることが、とてもうれしいんですよ。でも、兄さんは、つまらなかったらどうしようって……」
いきなり、なにを言い出すんだ、こいつは……。
突然の瞬の独白に、一輝は内心うろたえる。
「僕は、なんだか前よりずっと、兄さんのことを一人占めできるような気がして、うれしくてたまらないんですけど……」
瞬は、照れくさそうに笑った。
酔っているのか?……そうだとしても、瞬の口からこんな言葉が聞けるなんて、思ってもいなかった。
にわかに、一輝の心に火がつく。
「えっと……ごめんなさい……なんか僕、変なことを言ってしまって…………酔ってるのかな……」
一輝の表情の変化に気づいたのか、そわそわしだした瞬の手を、一輝はつかんだ。
「瞬……俺を、一人占めしたい?……本気で言っているのか?」
瞬の細い指を、一輝はやさしく握る。
「あっ……」
目と目があう。瞬の頬がさらに赤く染まる。瞬は、うつむいて手を引っ込めようとしたが、一輝は逆に、強く引き戻した。
どうなんだ――問いただしたい言葉が、喉元まで出たが、一輝は黙って瞬の答えを待った。
「…………」
瞬が躊躇しているのがわかる。
一輝は、思う。
瞬、おまえの欲しいものは目の前にある――おまえが本気で望むなら、俺は――俺だって、おまえを俺だけのものにしたいんだ――。
それは、祈りにも似た気持ちだった。もしかしたら、積年の想いが叶うのかもしれないと、淡い期待に一輝の鼓動は速くなる。
しかし、瞬は、はぐらかそうとした。
「……あの、お水……取ってきます……」
そう言って、一輝の手を払うようにして、椅子から立ち上がって背を向けた。
(クソ……!)
カッとなった一輝は逃がすまいと、瞬の手首を掴んだ。そして、強引に後ろから瞬を抱きしめた。
テーブルと椅子が大きな音を立てて揺れた。そのあとに訪れる静寂。
洗いたての、ふわふわとした瞬の髪からシャンプーの香りがして、鼻先をくすぐる。華奢で小さな体は、腕の中にすっぽりとおさまり――。
一輝は目眩がしそうなほどのいとおしさに襲われた。
たまらず、瞬の頭に、そっと唇を落とす。
そして、髪にキスをしながら、瞬の耳をさぐる。
「ん……っ」
一輝の唇が、瞬の耳にたどり着いたとき、瞬は小さな声を漏らした。
後ろから、瞬の耳をやさしく愛撫する。甘噛みすると、瞬は弱々しく、いやいやと頭を振った。
「だめ……」
だめと言われても、止められるはずがない。一輝は、さっきより強く瞬を抱きすくめて、瞬のうなじに顔をうずめ、白い肌を唇でなぞった。
「あぁ……やだ……兄さん……」
瞬の声が震えていることに、一輝は気づいた。小さく嗚咽を漏らし、瞬は泣いていた。
「瞬……」
一輝が抱きしめていた腕を緩めると、
瞬は、一輝の腕から逃げてしまった。
瞬の部屋のドアが閉まる音が、廊下に響く。
一輝は、茫然と立ちつくした。
腕に残る瞬の感触と、唇に残る瞬の体温。やってしまった。
(カッとなって瞬に手を出した――)
あれほど堪えてきたというのに、瞬を傷つけてしまった。
(泣いていた……)
泣くほど嫌だったのか?俺の思い違いだったのか?
一輝は頭を抱えた。
クソ、……なにやってんだ、俺は……。