夜も遅いので、食事はいらないと言った光秀様のお部屋に、私はお茶をいれてお持ちした。

光秀様は、静かにお茶を飲むと、湯呑みを置いて私を見た。

『えみ、どうやってお茶をいれている?』

『え?……どうやって、ですか?』

『いれてみろ』

『はい……』

なにかいけなかったのか--と思いながらも、私は光秀様に言われるがままに、お盆に載せた急須にお茶っ葉をいれて、お湯を注ごうとした。

『待て』

すっと光秀様の手がのびて、私の手を優しく押さえた。思わず持っている急須を落としそうになる。

『み、光秀様?』

びっくりして、光秀様をうかがうように見ると、光秀様は、ふっと笑った。
それから、ゆったりとした口調で語りはじめた。

『まずは湯呑みに湯をいれ、湯呑みを温めるんだ。それから、急須に湯を戻し、茶葉をいれ、蒸らす。……ここで、焦らず、じっと待つのがコツだ』

そういわれて、二人で急須を見守った。
そして光秀様は、私に替わって急須をとると、慣れた手つきでお茶をいれてくれた。

『飲んでみろ』

私は光秀様のいれたお茶を口に含んだ。
ふわりと口の中に茶葉の香りが広がる。
いつも自分がいれているお茶よりも断然おいしかった。

『どうだ?』

『おいしいです』

私が驚きの表情を見せたからか、光秀様は目を細めて微笑んだ。
私も自然と笑顔になる。

なんだか不思議な気持ちだった。

ついさっき初めて会ったばかりの人と、笑顔でお茶を飲んでいるなんて。

ふと、頭に今朝の秀吉くんの言葉が浮かぶ。

--無口で無愛想な男----秀吉くんはそう言ったけど、少なくとも私の目にはそうは見えない。

なぜなら目の前にいる光秀様は、笑顔で私をみつめながら、京都のお茶について楽しそうに話をしてくれているのだから。

光秀様のいれてくれたお茶のせいなのか、光秀様の笑顔のせいなのか--私の心は、ぽかぽかと温かいのだった。


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2日後。
光秀様の講義は、書道だった。

私は部屋の隅で、興味深く書道の様子を見ていたが、生徒の中には退屈そうにしている子もいる。

(すごくおもしろそうなのになぁ……)

私は、光秀様の講義を聞きながら、手の平の中で何度も字を書いて過ごした。


講義が終わって、片付けを手伝っていると、光秀様が言った。

『退屈だったろう?』

『いえ、すごくおもしろかったです』

『手の中で、字を書いていたものな』

『……みてたんですか……』

そうつぶやく私の顔は、きっと真っ赤になっていたのだろう--私の反応に光秀様は、ははっと笑った。

『やってみるか?』

『え?』

光秀様に筆を渡される。

『あの、でも私……』

『書道は初めてか?』

私はこくんと頷く。

『ここに座れ』

私は光秀様に言われて、文長机と半紙の前に正座した。

筆を握っていると、後ろから覆いかぶさるように、そっと光秀様の手が重ねられた。

『筆は、こうやって持つ』

指と指が絡まって、私は心臓が止まりそうなほど緊張したが、光秀様は器用に私に筆を持ち直させた。

そして、硯の墨に筆をつけると、半紙にすらすらと字を連ねていく。

背中に、光秀様の体温を感じる。耳元に、光秀様の息遣いを感じる……。

身体が燃えるように熱くなって、跳ね上がる心臓の音が光秀様に聞こえてしまうんじゃないかと気になった。--私は悟られぬよう息をひそめて、連ねられていく美しい文字をみつめていた。


書き終えると、光秀様が静かに離れた。

私はやっと十分に息を吸える状態になったので大きな深呼吸をする。同時に甘い香りが胸に流れ込んできて、私は(光秀様の香りだ……)と口元をほころばせた。

半紙には、和歌が書かれていた。

『なんて意味の歌ですか?』

私がそう聞くと、光秀様は『遠く離れた場所にいる恋人を想う歌だ』と言った。

(遠く離れた場所にいる恋人……)

半紙を眺めていると、廊下から光秀様を呼ぶ声が聞こえた。

『光秀様。 三成様がお探しでございます』

光秀様は私の顔をみると、『すまないが、あとは頼む』と言って、部屋を出て行ってしまった。

私は、どうして光秀様はこの恋の歌を選んだのだろう……と、思った。

ふいに、光秀様が治めている近畿の坂本城と、ここ岐阜城のイメージが浮かぶ。

私は坂本城の場所もなにも知らないけれど、きっとたくさんの山を越えて、いくつもの川を越えて--長い道のりを越えて、光秀様はここにいらっしゃった--そして、私がここにいたことは偶然じゃなくて、きっと……)

私は頭をぶんぶんと左右に振った。

(私ったら、なにを考えているの)

自分の図々しさに、一人頬を染める。

(こ、恋人がいらっしゃるのかもしれないじゃない)

そう思って、今度は一人青ざめる。

(……光秀様…………)

私は、光秀様の書いた半紙をそっと胸に抱き、文字さえも愛しおしむように、いつまでも眺めていたのだった。


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つづく煜パー