小学生の頃、ただ肌が黒いってだけでブランカってあだ名の女の子がいた。
良く考えればブランカの肌は緑だし、アウェイカラーですら青。
肌が黒いだけならブランカではなくダルシムもしくはバイソン、サガットってとこが妥当だろうか。
大体人間がブラジルのジャングルでチンパンジーだかゴリラだかに育てられた結果ブランカって…
そうだ、サガットと言えばやっぱり小学生の頃、他の追々を許さない程デカい女の子がいた。
その娘のあだ名はサガットだった。
よくよく思い出せばザンギエフもハガーもいた。
何たる侮辱か、可哀想過ぎる。
小学生男子なんていつの時代もゲームと休み時間とカブトムシとウンコとチンコと可愛い女子と自由帳の事しか考えてないわけなんだが、そんな奴らがフルに知恵を絞る時がある。
経験上間違いない。
それが『あだ名決め』だ。
トラウマは主に幼少期に負った何らかの傷に起因するらしいが、その何らかの傷に充分値し最悪人格崩壊まで引き起こす『あだ名』は悪意無き残忍な狂気。笑顔で指をさし、相手を奈落の底に突き落とす。
小学男子の凄い所は何故だか多岐に渡るキャラクターの容姿、名前、設定が頭の中に保存されていること。
鉛筆をかじりながらポカンと中空を眺めている時はそこに大好きなキャラクターたちがホログラミングされ、たまたまその閃いたキャラクターと少しでも何かが被ってしまうと地獄の小学生時代が始まってしまう。
更に運が悪く恐ろしいのはアバウトなキャラクター像を描くタイプの男子に狙われ俺の同級生のブランカみたいになることだ。
『勉強が出来なくてもこの子は好きな事に対しては記憶力が凄いのよ~』なんて良く聞くけど、確かにその通り。小学生の無駄知識は侮れない域に余裕で到達している。
閃きに行き詰まった天才が子供達の突拍子も無い発想に期待するのも良くわかる。
そういえば最近閃きが少なくなってきた。
寂しいことだ。
あだ名に関してだけ言えば、新規の友達が出来にくくなってきたってのが一番か。
○○っち、○○ちゃん位しか思いつかないし、この歳だとそれが一番妥当だと思う。
26になって『変なあだ名』という社会的制裁を下さす快感も薄れてきた。
今回何が言いたいかというと『あだ名』云々では無く、『閃き』とはいかにユーモラスでシリアス、時にシニカルな物であり、いくつになっても大切にしたい物であるということ。
ある決まった事象をひっくり返すのも『閃き』。
会話を盛り上げるのも『閃き』。
未知な物への取っ掛かりも『閃き』。
勿論、発明も『閃き』。
大事にしなきゃいけない大切な物をどんどん落としてしまってる気がする。
