≪今回の記事もOPENにします≫
私がOPENの記事を書く時は、
死別経験者に向けてのエールの意味も含めて書いております。
今回のテーマは、
【グリーフ(悲観)に対する私の根本の考え方】 です。
ただ、
初めに記述しておきます。
”私の思考や言動はマイナーだと感じてます。”
従って、
グリーフに対しても無数にあり、取捨選択可能な考え方・言動の一つだととらえてください。
私の妻は6年半前に先に旅立ちました。
私にとっては、
妻の生前も、
旅立った後からも、
今も
未来も、
”常に主人公は、妻であります”
”妻が、私の全ての思考・言動の中核をなしております”
これは、
全くブレずに続いております。
多分、この根本の考え方は変わる事はないでしょう!
つまりこういう事です。
私の感情の全ても、
グリーフ全般に関しても、
妻に左右され
依存していた。している。
と言う事です。
当時の悲しみ・苦しみ・悲観の全ても、妻に左右され依存していた。している。
と言う事です。
【あくまで妻が主人公なのです!】
【これがすべてなのです!】
、
あくまで私にとって、
私を主人公に置いた、
”私が抱く、悲しみ・苦しみ・悲観の全ては、無視すべくものなのです。”
”とるに足らないものなのです。”
”優先順位の低いものなのです。”
”戯言に過ぎないのです。”
【あくまで妻が安泰でいる事!】
【妻が笑っていること!】
【妻が幸せでいる事!】
【妻が穏やかな状態でいる事!】
【妻が活発な状態でいる事!】
これがすべてなのです!
この事さえ、
この確証さえ取れるのであれば、
後は、どうでもいい事なのです。
私の悲観の感情など、無視でいいのです。
それだけで、
私の感情や言動の中核をなす、私の魂は幸せなのです。
妻が笑えれば、私も幸せなのです。
妻が安泰ならば、私も安泰なのです。
簡単な、
実に簡単な事なのです。
そして、
そのことは探求可能ですし、証明も可能なのです。
これが、
私がスピリチュアルを探求し続けている根本の考え方となります。
そして、
そのことで妻が笑っていてくれている限り、この流れを止める訳にはいきません。