モットーです。

 

 

昨日は本当に久しぶりの青空で、気温は低め、しかも湿度も低いと言う、庭仕事には絶好の一日でした。

 

 

雨は必要だけどヤッパリ晴天は気分が良いですね。

 

 

それに加えて他の仕事の面でも思い掛けなく良い事があり本当に良い一日でした。

 

 

さて本題・・・。

 

 

安倍総理の辞書に”潔い”(イサギ良い)と言う言葉が無い事は既知の事実。

 

 

所詮”忖度”は悪魔の証明等と言われる様に本人が認めない限り証明は不可能。

 

 

それにもかかわらず国会での野党もマスゴミもモリカケ問題を通じての安倍降ろしに余念が無いのには呆れるばかり。

 

 

安倍政権打倒が日本再生の為に必要な要件の一つには違いがないけれど、あくまでも”一つの要件”です。

 

 

普通ならば今は安倍降ろしよりも更に深い部分に付いての考察がされて居るべきですが、残念ながらそんな気配は皆無。

 

 

お隣の韓国では、多少過激な面はあっても民意は日本とは比べ物にならない程ハッキリと、しかも短期間に反映されます。 が、日本では悪いと解っていても事は一向に進みません。 何故?

 

 

理由は単純。 事の本質を認識しないから。 認識出来ないのでは無く ”しない”、詰まり事に面と向かって取り組む姿勢が無いと言う事です。

 

 

敗戦で否応無しにアメリカ的民主主義を押し付けられた訳だけど、伝統的に日本にはそんな素地は有りません。

 

 

それが故にそれから四半世紀経った今でも多くの日本国民はその最も根本の部分に付いて認識し議論をして憲法を含めて ”現状に即したモノ” を創ろうと言う意識は皆無に近い、と言う情けない状態です。

 

 

つい先程朝日新聞のネットニュースで例の日大アメフト部の関西大学との試合での違反タックルに付いての本人の謝罪会見のビデオを観てました。

 

 

御本人の謝罪が終わってからの質疑応答を聞くには大変な忍耐が必要でした。

 

 

質問に対する回答が出てくる迄に長~い時間が掛かる上に殆ど回答と言う体裁になっていない。

 

 

アメリカでは小学生に質問をしてもオウム返しにシッカリと自分の意見を述べます。 

 

 

ハッキリした意見を述べる事が出来ない時にもそれをハッキリと言う。 実はこれが大きな違いの一つなんです。

 

 

どっちが良いと言う比較では無く、どう躾けられるかでこれ程違うモノかと言う比較です。

 

 

アメリカを含めた西欧社会と、その他の多くの国では個人の存在を明確にする為に出来るだけ白黒を明らかにしようと言う姿勢が基本です。

 

 

日本の場合はその反対で、共同社会を営む為に出来るだけ事を荒立てない様に白黒の中間の灰色の部分に生息しようと言う姿勢。

 

 

洋の東西を問わず感受性の鋭い人は何処にも居て、西欧社会に生まれ育っても白黒ハッキリさせる事が不得手な人も少なくありません。

 

 

そんな人達には日本社会がとても住み心地の良い場所になります。 

 

 

その反対に、日本で生まれ育っても何事もウヤムヤな状態に耐えられ無い人は西欧社会に魅力を感じる事になります。 

 

 

優秀な科学者の流出原因です。

 

 

話が逸れましたが、次の記事では更に色々と考えを述べたいと思いますので、乞うご期待です。

 

 

モットーでした。