置かれた場所 | En Route

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Ypno's blog. イプノのブログです。
日々、思ったことなどを書いてゆきます。

日本の書籍で「置かれた場所で咲きなさい」という本があるらしい。

そしてこれを理由に時々、わたしの引越し好きを咎める向きがある。

置かれた場所で咲けばいい、ようするに、植物がじっとしているように、おまえも移動するな、と彼らは言いたいのである。

わたしはその本は未読である。それだから、本の内容はわたしにはわからないけれども、想像するに、その著者は引越しを否定しているわけではないのではないだろうか。

「置かれた場所」というのは、わたしは与えられた能力のことなのではないかと思っている。

だから、置かれた場所で咲けというのは、自分に与えられた能力を全開にして生きてゆけ、ということで、ないものねだりはするな、という意味ではないだろうかと思うのである。

今年の夏に新作が出た「ミッション・インポッシブル」の主人公だって、その能力を最大限に活かし、世界中を飛び回って、不可能なというか、誰もそこまでやれとはいってない、、、というミッションをこなしているではないか。
(それにしても、トム・クルーズはいい役者になったものである。)

そういう意味ととれば、映画と比較したらスケールはだいぶ小さいけれども、わたしも引越しの能力は割と高いほうだから、この能力を最大限に活用して転々と移動して好きな場所で生きていけばいい、ということになる。

だって、引越を咎めるなんて、おかしな話だと思う。

それが自分にとって良いことならば、家移りして何が悪いのか。

世の中には、虐待を受けたり、村八分になったりして苦しんでいる人々もいる。

精神障害(所謂心のやまい)には、転地療法は最大の薬だとわたしは思っている。

もちろん、移った先を自分の新天地にするには、自身の努力が欠かせない。なかなかうまくいかなくて、なんで引越しなんてしてしまったんだろうと思うこともあるかもしれない。

しかし自分の天国は、自分にしか作れない。

努力しても決して叶わない過去の土地にしがみつくよりは、可能性のある新しい土地で一からはじめたほうがいいと私は思う。