昔、とある哲学者が等速直線運動であるはずの人生における時間の速さを、xy座標で原点Oを中心として描いた第1象現のみ(1/4円)のY軸との接点からX軸の接点までの弧を等速直線運動するのが本来の客観的人生であるはずなんだが、それを主観的に感じるのは実はX軸に投影された動きに近いのではないだろうか、X軸に投影すると弧の長さが60年であろうと80年であろうとそれをX軸に投影すると我が人生における一年はドンドン短くなる。
勿論Y軸に投影してもよいが、Y軸に投影すると真っ直ぐ天に向かって伸びていく伸び方が徐々に減速し、最後円とY軸が接するところで止まるのが即ちこの世からあの世への転換点になるのだが、自らを当然真っ直ぐ最短で天にのみ召されると考えるのは少し畏れ多い気もして、真っ直ぐ右(+方向)に動いていた自分が止まって天に登るか地に堕ちるかは願望は抱いてもいいがあまり露骨に態度で現そうとすると、かえって逆の結果になりはしないかと躊躇したりする。
ああお腹空いた。
夕飯まだだったな。
くにこさんのありがたいコメントを参考に焼きうどん作ろうかな
キャベツと人参買ってきました(*^ ^*)
勿論Y軸に投影してもよいが、Y軸に投影すると真っ直ぐ天に向かって伸びていく伸び方が徐々に減速し、最後円とY軸が接するところで止まるのが即ちこの世からあの世への転換点になるのだが、自らを当然真っ直ぐ最短で天にのみ召されると考えるのは少し畏れ多い気もして、真っ直ぐ右(+方向)に動いていた自分が止まって天に登るか地に堕ちるかは願望は抱いてもいいがあまり露骨に態度で現そうとすると、かえって逆の結果になりはしないかと躊躇したりする。
ああお腹空いた。
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