今から30数年前、大学生として仙台にいた。
大学二年時に宮城県沖地震に遭遇した。それから一年後、学部にあがり研究室があった9階で今大学教授となっている修士だった先輩の論文を手伝って徹夜し朝の5時頃、空に南北に真っ直ぐ一本の地震雲が走っていた。

また地震か?と思った時、近くで声がした。
「いやこれはずっと後だ。20年、いや30年位後だ。嗚呼、去年のよりもっともっとずっと大きい」
嘆いたような諦めたような言い方だったのが気になったが、この言葉を言った人物が特定できない。

誰だったっけ…(>_<)
30数年前の震災時大学で地震の調査をし僕らは確か交通費も貰わず手弁当でそれを手伝った。

ノンアポで決められたエリアを回りドアノックして直接面接する方法でかなりな件数をやらされたな。

しかしそれを指揮した教養部の担任でもあった偽善者細谷昂教授。3500円もする自分が書いた本買わされた(>_<)
今考えると学生に交通費も払わなかった細谷は多分その予算を自らの小遣いか飲み代に回してた気がする。
クラスコンパの時に酔ってインターナショナル歌うの強要しやがって。カスめ。
ノンポリのどこが悪い?なぜマルクス否定しちゃいけないんだ?共産党寄りの左派のお前を毛嫌いしてどこが悪い?民青に入るの拒否して赤旗拒否してどこが悪い?

マルクス細谷は大嫌い。マックスウェーバー研究の森もあまり好きじゃなかった。


その点学部の家坂教授と斎藤教授は素晴らしかった。タルコット・パーソンズ研究の第一人者、ファンクショナリズムの訳者佐藤勉先生も、大阪から戻ったシンボリック相互作用論研究の第一人者で、その後東京大学教授になった船津衛先生もすごかった。

言語学で象形文字と楔形文字(ヒエログリフ)解読で世界の第一人者であったセンセも東大へ。
憲法の樋口教授もやはり東大に…

いい先生はみんな東大から声が掛かり情けないことに先生達は犬っころのようにクンクンと行っちゃうのであった。

だから…すごいと思っても裏切られたような思いになってしまった。

眠いときにこんなこと書くものじゃないな。
僕が調査した若林区の家々は今回の大震災で津波にのまれたようだ。

被害に合われた方々には心からお見舞いを申し上げる。


東北大は今の場所でやっていけるのだろうか?
原発の放射能で燻されているようなものなのに。