2009/10/06のブログ
この時には、一年以上アメブロ放置でしたが(/_;)

今回は、時折!活動します

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暫くお休みに対して、メッセージありがとうございます

暫く更新しませんので、無限らしく記事をアップして休暇します

今の時代を生きる無限君、《絆》を大切にする事は亡き親父に教わったと思います

絆は、人を支え、守る事。そして、支え守ってもらえる人になる事

人は一人では限界があり、何も出来なく寂しいと思いますから、人を大切にしたいですね

上の写真は、鹿児島の知覧に展示されてる第二次世界大戦時に使用されたゼロ戦です

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知覧特攻平和会館には、特攻隊として飛び立ち、戦死された方々が

最後に妻、母親、恋人、友人・・・に宛てた手紙が展示されてます

何を想い、死に行く飛行に飛び立たれたか

拝見して、涙なしでは読めません

特攻された最年少の方は14歳の方だそうです。14歳の頃の俺は・・・そう考えると

そして、俺が特攻隊のゼロ戦に乗っても、飛び込めたか!?間違いなく涙を流しながら飛んだと思います

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今の知覧の街には、道の歩道両側に等間隔で灯籠が並んでます

その灯籠には、特攻隊で飛び立たれた方々の顔が一人一人彫られています

そんな方々に作って頂いた、今の時代に生きる我々

比較出来る悲しみじゃないけど、少しくらいの無理は耐えられると思う無限君です

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特攻会館の横には、緑と芝生の公園が広がっています

平和な時代!?争うより協力したいですね!皆さんも頑張りましょう(^-^)

そして今、もし最後の手紙を書くとしたら・・・皆さんは、誰に、どんな手紙を書きますか

俺は、その時が来ないとわかりませんが

長い間、無限ブログを見てくださってる方にはわかる

俺が、親父の闘病生活の最後に延命処置を断り、息子として最初で最後の名刺二枚の裏に書いた手紙

親戚、医者、看護師、いろんな方に自慢してくれた手紙は、火葬の時にも親父に渡して、今は残ってません

《たぶんこんな文章だったかな》

オヤジ様へ
俺はオヤジの子で生まれて幸せです
オヤジに教えられた事、怒られた事、すべてはまだまだ出来ないけど
浪人や留年、普通の息子以上に迷惑と心配かけても
オヤジは自分のプライドで俺を育てたり叱ったりした事は一度もありませんでしたね
周りからダメ息子と言われた時期にも、笑いながらやりたい様にと言ってくれた言葉、忘れません
そんな俺が○○会社の今は最年少部長ですよ、そして誰もが知ってる○○会社の社長や○○会社の社長などに飲みに連れていかれる俺になりました
今度は俺が息子と娘にオヤジが教えてくれた事を実行します
そんな俺が育てる孫を見続ける役目をオヤジも果たしてください
俺は無限太郎に生まれオヤジとオフクロの子で幸せを感謝します
無限二郎も無限花子もオヤジの孫を誇りに思う日まで大変だけど宜しくお願いします
親孝行道半ばのバカ息子、太郎より