今日は母上のお知り合いの方々が家に来ました
最初に来た人はお母さんと
妹の学校で出会った人だそうな
文化祭で受付のボランティアをしていたら
実はすごい気が合うじゃないか!
ということで今日やっと再会できたというわけだ
お母さんとその人が出会えたのは偶然だと二人は話していた
「もしかしたら、日本にいても偶然会ってたかもしれないね?」
「そうそう、私たち縁があるのかも」
なんて話していた。
その会話で思い出したんだけど
この前友達と遊んでいたときも
「よく会えたね。あたしたち。」
っていう会話をしてて、人って意外と出会うものなんだな、と思った
何が言いたいのかっていうと
気の合う人たちと出会えるのって
タイミングもあるし環境も全てが整って初めて偶然ができて
そんな偶然はけっこう巡ってくるものなのだー
みたいな。
でもあたしみたいな高校生がこんな偉そうなこと言っても
何の説得力もありませんが。
その人が来たあとに遅れてから来た二人のお母様方。
一人の人は前にいた人と帰って行きましたが(一期一会ですね)
残った最後の一人はプロの美容師の方です。
いろんな人の髪の毛を調整してくれてカットしてくれて
あたしもそんないろんな人の中の一人。
きちんと髪をブロードライする方法を教えてもらったあと
ダイニングのほうに座っていたら
いい天気で語り日和だったのか
自分の「人生」について話してくださいました。
それがほんっとうにおもしろかった。
おもしろかったっていうより、すごかった。
すごく真面目な人ですごく強い人だ
っていうのはわかっていたけれど
改めて「人生」の話を聞かせてもらって
すごく勉強になったと同時に
あたしなんてまだまだだっていうことを痛感しました。
海外に来てるから
言葉の壁とか文化の違いとか
あと学生だから学校内での苦労とか
そういう経験は日本にずっといる学生よりは
何かしら違う経験をたくさんしていると思います
いや、そんなふうに思いたいだけ
自分が海外に来て苦労していることに意味があるんだと思いたいから
こんなふうにちょっと天狗みたいなセリフ吐いたりして。
嫌な奴ですよー自分
「人生」を語ってくれた人は
本当にいろんな苦労や経験をしてこそ
海を渡って腕一本でこの場所に来て今はプロの美容師になれて。
他にもお嬢様出身の人で
すごくプライドが高くて末期がんの患者さんをアメリカに来るように
支援をしている人とか
レストラン経営をしている人とか
そんな人たちの「人生」の話も少し交えながら話してくれました。
やっぱりトップに昇る人は、他人よりは何倍も努力して
何倍も頑張るチャンスを与えられる、つまり苦労を何倍もしている
ということをしっかり学びました。
そんな「人生」の結論は
やっぱり「今、生きているときが幸せであることが一番幸せ」
よくいろいろな場所でこんな言葉を聞きますが
何だか今日、初めて自分の頭の中にきちんと入った気がします
あとその人はこう言いました
「私はいつも感謝しながら生きなさいと言われて生きてきた」
「私がこんなふうに育ったのはいいお手本が周りにたくさんいてくれたから」
「まりあちゃんの両親は本当にいいお手本だと思う。」
「周りのいい人は自分の人生の基盤になるの。」
「私は人は基本いい人だ、みんないい人だと思って生きているの。もちろん嫌になることもあるけど。」
何だかいろんなことを語ってくれました
高校生の自分にはまだ理解できないこともたーっくさん
これを、あと何年経ったら理解できるようになるかなぁ
幸せになるにはたくさんの苦労が必要
それを乗り越えることを知っている人じゃないと
なかなか努力をしないで挫折してしまう
こんなことも。
ほんっとに、学生って「じんせい」のまだ少ししか歩いてないのに
なんかなぁ
周りの人よりも特別になりたい意識あったりとか
学校内でグループ作ったりとか
友達できないと苦しくなるし
小さい小さいことでも嫌になるし
いろいろ不安定だし。
大人になるには
もっとこういう小さいことから大きいことまで学んで
もっといろんな経験をしないと。
まだあたしの「じんせい」は「人生」っていうしっかりしたものじゃない。
まだ将来の夢とかも決まってないし。
でも、自立した、強い女性になりたいな、と思いました。
おわり。