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Lydia's lovely world!

Lydiaが感じた日本の不思議。世界の不思議。

日常のそんじょそこらの不思議。

自身の不思議。

不思議は、いっぱい!

そんな不思議となぜ?の発見がたのしいなぁ。

はぁぁ。と、ため息ついても仕方がない。
今の学生たちは超ツワモノ!
バラエティ番組のおバカキャラもなんのその。
実に無知、無邪気、無垢で怖いものなしなんだわ。

最近の衝撃的事象をあげると…

1.地球という物体がどんなものか知らない。
なので地図も全くさっぱりちゃんたち。


☆時差があることがわからない。
☆赤道を知らない。
☆日付変更線なんて何のこと???
☆カナダの北はメキシコ。
☆南極は沖縄の隣…。



思わず、いじわるしたくなり、
日付変更線を越えるときに、飛行機から線の両側に日付と時間が書いてあるよ。
丸一日違う日時が書いてあるから、見てきてね

赤道はね一年中太陽が当たっていて暑いから、焼けて赤い線ができてるんだよ。飛行機に乗ったら見えるから、留学時の飛行機は窓際に座って、写真撮ってきてね。

などと、言ってみました。
すると、学生たち、「はい、わかりました!!!」「写真撮ってきます!!!」
何の疑いもなく、満面の笑み。

また、南極が沖縄の近くと言った子に、
「「そこが南極なら、さむいのかな?」と聞くと
学生曰く「だから私も理解できないんですよ」とな。

で、南極の位置を教えると
学生「あぁ、ここでタロウとジロウは死んだのですね!」
いや、死んでません!!!

2.姓名がわからない。
最近、日本語で「姓」「名」と書いてある欄に堂々と
姓の欄は何も書かず、名の欄に氏名を書く学生、名と姓を逆に書く学生が続出。

ひとりの学生が来て、のたまったのは、
「『姓』と『名』の違いって最近知りました!
 英語なら“Family Name”と“Given Name”でわかりやすいんですけどね!」


生まれも育ちも日本人なのに。かといって、英語もそんなに芳しくない成績なのに…。


でも思った。この子たちの頭のキャンバスはまだまだ余白でいっぱいなんだ!
これからいろんな正しい色とそこから生まれる創造の色で埋めていってほしい…
私が、友人たちに「あの時、あなたこんなこと言ったよね~」というと
友人が、「え?そんなこと言ったっけ?」と言われたり、
「一緒に●●で食事した時にね~」というと、
「え?そんなところで食事したことあったっけ?」と言われたりすると
私の記憶は砂の城よりももろく、幻想の雲海だったのかと、ひどく自信をなくすのです。
それと同時に私の価値観はこの友人にとっては、こんなものだったのかと悲しくなったりするのです。

と、同時に、友人たちが、「あなたこんなこと言っていたでしょう」とか、「あなたはこんなことしていたね」と言ってくれたとき、私に全くその記憶がなかったり、「え、それは違う。それをしたのはAさんだ」ということもある。
そんな時は、「友人たちの記憶が変化している」と思ったり、「え、私の記憶がおかしい?」、「私はこの友人との大事なことを記憶していない???」と自己嫌悪に陥ったり。。。

そんな時に思い出すのが、アメリカの1991年製作の映画"He said, She said"(彼の言い分、彼女の言い分)
その時の状況、感じ方、男女間での感じ方、考え方の違い、物事の理解の仕方、心の中での温存の仕方、その後の思い出し方。。。その違いによって織りなされる恋愛物語。

友人やその他の人とのかかわりも、この映画と一緒だなとよく思う。
その人個人のバックグラウンド、その時の状況、感じ方、理解の仕方、温存方法、思い出し方。。。などなど。
個人によって違いがあるから、共有した時間と会話と行動などが個々人にとって別の時間、会話、行動、空間などになり得たり、記憶としてのこらなかったりするんだなぁ。

だから、友人に限らず、ボーイフレンド/ガールフレンドや、配偶者との記憶の違いを責めることは、考えものかもね。。。
多分、歩いている道は
あまり変化のない軽いカーブと傾斜のゆるーい上り坂で、
目的地にたどり着く道なのかどうかもわからない。

いつもそんな道。
またこれからもそんな道かな。

自分が変化を望んだら急カーブをきって
違う道を歩むのかな。
それには、すごいエネルギーがいるよね。

もう少し軽く緩やかな道を歩いて
エネルギーを温存するか?
それとも見切り発車しちゃう?
いや、無理だなぁ…。