先日、ある留学生に「好きな日本語は何?」と質問したら、
「『袖触り合うも多生(他生)の縁』です。」との答えが!
だいたい、私、『袖触れ合うも多少の縁』だと思ってましたし。。。
「ちょいと袖が触れてしまうのもその人と多かれ少なかれ縁があるのよ」
ってことかと思ってました。
留学生が漢字で書いた上にちゃんと説明までしてくれて、
「ちょっと袖が触れたという偶然であれ、
それは積み重ねた前世でその人と関わった、縁があった、
ということです。大変、いい考え方だと感動しました。」と。
そう言われれば、ほんの少しのきっかけや偶然の人との遭遇が
前世からの因縁、深い宿縁と考えると非常に面白くなる。
電車の隣に座った女性は、前世では恋敵だったかも、
靴を踏んだ人は、前世、戦争で敵だったかも、
落し物を拾ってくれた人は、前世で革命の同志だったかも、
前世で上司だったかも、下僕だったかも、隣に住んでいた越後屋かも、
先生と生徒だったかも、私が所属する教会の聖歌隊員だったかも、
私の靴を作る職人だったかも、塩を取り立てに来る役人だったかも、
一緒にマンモスを捕らえた仲かも、などなど想像がどんどん広がっていく。。。
そしてまた、今生で出会えた人たちも
また次の生で関わることができるんだろうな、と思うと
わくわくしてくる。
だから、悪いことや意地悪はできないね~。(いや、しませんけど。)