ワタシは職場がお台場の海側にあり、
ビルの中で仕事をしているのですが、
場所が埋立地なので、
非常に振幅の大きい揺れ方を経験しました。
その日はコンビニというコンビニから食料が消え去り、
わずかに売っていたコーンフレークに牛乳をかけて、
職場の仲間と分け合い、
おなかの足しにしました。
私の職場は津波が来たら一番に流される場所にありますが、
東京湾に大津波警報が一晩中続いた事と、
液状化を起こしやすい場所にいるので、
ワタシはココで死ぬのだと思いました。
その日は電車が動かず、
携帯もメールもつながらず、
家族の無事も確認できないまま、
職場のコンクリートの上で横になりました。
ようやく翌日の夜家に帰ることができ、
家族と無事を喜び合いました。
その後はガソリンが足りず、米がなくなり、
電気の供給が途絶え、
まさにサバイバルでしたが、、
私はこうやって生きているのだから、
死ぬときに後悔しないように生きるしかないと思いました。
家には保存食を日頃から備蓄してあるので、
幸い、スーパーから物がなくなっても、
食べ物はありました。
日頃、未来を想定しておくのは大切だと思いました。
仙台の同期は家を全て失いました。
その後、震災とは関係ないのですが、
実家が火事に遭い、
何もなくなってしまいました。
夢は?と聞かれても、
「明日も生きること」としか答えられなかった。
今の夢も・・
明日も生きること・・かもしれないけど、
人生なかばにして去っていった方は・・、
きっと、今私に何かを教えてくれるとするなら、
「もっと精一杯生きておくんだった」と
話しかけるでしょう・・
私は、少しでも悔いがないように生きていきたい・・
合掌。