昨日がこのブログの更新日でしたが、朝からいろいろと忙しくて、本当にウッカリ更新を忘れていました。お詫び申し上げます。
さて梅雨のさなかとはいえ暑い日が続いています。こう暑いと熱中症が心配になりますが、最近ではうっかりすると気が付かないうちに症状がでてしまうこともあります。意識して水分とミネラルを取ることが必要ですが、これがなかなか難しいときもあります。皆さんもご用心ください。
今シリーズは大層なお題を掲げてしまいましたが、キットPMからの一種の暑中お見舞いということで、お気軽にお付き合いいただければと思います。
このブログで言うプロジェクトマネジメントは、頭に「モダン」が付くプロジェクトマネジメントのことだと前回も述べました。
では「モダン」が付かないプロジェクトマネジメントとはどういうものだろう、ということについて考えを進めています。
前回はキットPM自身の20年前の経験と統計から、IT業界では3割近くのプロジェクトが失敗に終わっていたという話しをしました。
その当時のプロジェクトマネジメントは、作業項目一覧表(WBS)やガントチャートを作成し進捗を管理することは行っていました。ただ、リスクヘッジは期間のバッファをどの程度確保できるかということが主眼で、リスクの可能性を分析したり対策を考えたりすることはありませんでした。
しかしながらもっと重要なのは、今自分が任されているプロジェクトは何のためのプロジェクトなのか、その本質的な目的を正しく理解していたわけではなかったことです。
もちろん、プロジェクトの表面的な目的はそこに存在し、その目的を達成するために全力をつくすわけですが、今にして思えば、客先から言われた要求をそのまま機能単位でいかに実装するかという、システムという考えからは程遠い、とても狭い範囲で捉えていたようです。
今では考えられないことですが、当時のキットPMはそこに構造化(デザイン)されたマネジメントの体系や、マネジメント合理性の追究などに思い至ることはありませんでした。
ではどのように当時のキットPMが、自分のマネジメントスタイルを作っていたかというと、それは先輩の指導と自分の経験から出てくる、とても個人的で、感覚的なところからでした。
もちろんその先輩も同じようにマネジメントを学習して、自分のスタイルを確立したわけで、つまり経験の伝承という形で学んでいたわけです。
ところが経験上学んだ手法というのは、当然ですが成功体験から出て来たものでした。失敗体験から学習しようという態度というのはあまりなく、成功で輝いた経験を元に、そのやり方をなぞることで再び成功できると信じていたのです。
プロジェクトは一つとして同じものはありません。したがって、別のプロジェクトで成功した方法を新しいプロジェクトで適用したからといって、成功の保証はどこにもないのは、自明の理です。
しかし、このことに気が付くには当時のキットPMには難しく、まだいくらかの失敗と時間を必要としたのです。
次回は、モダン・プロジェクト・マネジメントとの出会いとそれからの変化について思い出して行こうと思います。
