まだまだ暑い日が続くようです。秋の到来まで、お互いにもう少し頑張りましょう。
前回まで20回に渡り、日本人である私たちの身に染み込んだ「日本的なもの」が、プロジェクト運営にどう影響するかを考えてきました。
様々な考察と幾つかの気付きがあったわけですが、最後にこれまでの考察をまとめ、気付きに基づいた日本的なモダン・プロジェクトマネジメント(MPM)の姿を表そうと思います。
まずは、「日本的なもの」とは何かを再確認することにします。
最も基本的なのは、 個人が所属する小集団への帰属意識がことのほか強いということ、その中で厳しい競争が行われそれに勝ち抜くことで、集団内での存在感を確立して行くというベクトルが、常に働いているということです。
また、小集団が所属するより大きな集団の目的より、小集団の目的が優先しがちになるため、どうしても思考が部分最適になってしまいます。
さらに、集団の合意形成がリーダーの方針に従うのではなく、集団の総意として行われるため、意思決定に時間がかかることが挙げられます。
そのため、リーダーは強いリーダーシップを発揮して集団を引っ張るというよりも、集団内の利害関係の調整や説得などの調整型のリーダーシップとなり、さらに意思決定に時間が必要になります。
また、契約に関する意識がゆるく決め事よりも人間関係による信頼関係を重視するために、問題が起きたときに解決が難しくなります。
これらの特徴について、そのメカニズムとプロジェクトに及ぼす影響について考察してきたわけですが、これらの特徴は、期間が決まっているテンポラリーな仕事集団であるプロジェクトには、どうもあまりいい影響を与えないようです。
プロジェクトに参加しているメンバは、本来所属する(と信じている)集団のための利益確保を第一に考え行動します。もしプロジェクトの目的が所属する集団の不利益になるならば、躊躇なくプロジェクトの足を引っ張ることになります。部分最適の最たるものです。
また、リーダーシップのあり方にも特徴があり、それが意思決定のスピードにも影響しています。
無駄な時間を費やすことは、プロジェクトとPMにとって最大の悪夢です。
そして、相手を信頼することを第一に考えようとするため、契約の概念が非常に薄くなります。もし問題が起きてもお互いに話し合いで決着を付けることが前提になっているため、契約の範囲や期間、ペナルティなどを曖昧にした契約となることが多くなります。
いざ、問題が発生したとき話し合いで解決が難しくなると、双方が自己の所属する集団の利益を図ろうとし、泥沼に入っていきます。
このような場合、契約主体のどちらにも同じように瑕疵があることがおおいのですが、それもまた契約内容にお互いの責任範囲や基準を明確にしていないことが原因の多くを占めることになります。
このように「日本的もの」が、プロジェクトにはマイナスの効果しかもたらさないようですが、これを逆手にとってなんとかいい方向に持っていくことはできないかと、無理を承知でいくつかのアイデアをひねり出しました。
次回はいい方向に向かうにはどうしたらいいかをまとめることにします。