常日頃より、人を認めたいと思ってます。


自分の好きなもの・興味のあるもの・気が合うものを見たり、聞いたり、
経験したりするのは当たり前だよね。


だからこそ、自分と違う趣味趣向を持つ人間を大事にするし、
そういったものを勉強するという意味でもやっぱり経験とかって重要なんだと思う。


特に最近危険だと思うのは『これは必要ない』という思想。
よく思うんだよね。
いろんな作品とか見てるとね、


これ何がおもしろいんだろう?
こんなのつまんねーじゃん?
こんなのいらなくねー?
こんなのみるやつ馬鹿じゃねー?


でも、そういった考えっていうのは、ぶっちゃけ俺的標準(以下:俺的スタンダート=俺スタ)なんだよねぇ。


自分自身が体験・経験してきたものから生じる非常に局所的考え方なのよ。
だから、常日頃から大局的な考え方をするように心がけないといけないと思う。

というわけで、僕はたまに俺スタではまったく必要のないものを購入します。
そして、それに時間や余暇を費やしてみるのです。

なぜそんなことに取り組むのか?


それは

無駄ことは無駄ではないから

なのです。


僕の中ではこの行動はバランスをとる行為に相当します。
俺スタとかけ離れたものに真剣に取り組むことで、
自分が何か取り組む際の評価基準の手助けになるのです。


つまり、①自分の面白いと思うもの、個性を活かしたい自分
と②自分以外のそれを観る人々や世の中の流れを基準に動く自分の
両者の会議によって判断を行うわけですね。


そうすることで、自分自身の自己マン的ものからの脱却をはかっているわけです。


僕はアーティストではないし、アーティストになりたいわけでもないのです。
自分自身の内面に伝えたい小宇宙があるわけでもないですしね。
まあ、そんなことは天才がやればいいのです。
ピカソとかゴッホとかそういう人の領域ですわな。


だから、人を認めて、世の中のことをいろいろ知りたいのです。
人がどうして笑ったり、泣いたり、怒ったり、怖がったりするのか?
それこそが面白いということじゃないかな?そういった仕掛けを作れる人間になれたらよいな~
と思っているわけです。


だから、逆にいうと「こだわり」があんまりない人間なのかもしれませんね。
そんな細かいこと考えるよりも面白ければいいじゃん、って感じかな。


僕はこのように考えることができるようになったことでいろいろいいことありました。

●プラスなこと
①つまらん・興味がない話を聞いたり見たりするのが楽しくなった。
②人と話すときの話題がたくさんあって、いろんな人と会話できるようになった。
③今までよりも多くのことが楽しめるようになった。まあ、悪いこともたくさんありますねぇw


●マイナスなこと
①お金がたくさんかかります。
②いらない友達もたくさんできます。
③偽善者とか、八方美人に見られます。
④体重が増えます。


まあ、何事にも素直になれればいいなという感じ。
素直に物事を受け止めて、それを自分の中の価値観と照らし合わせながら、
少しずつ、俺的スタイルを作っていければ何事もうまくいくのじゃないかな。
集団とかの中で常に異彩を放つことができるようになると考えています。

そんなこんなで、週末『苺ましまろ』全部読みましたわ。
あと、20回くらい読んで、機会があったら、解釈してみようかな。
ただ、おじいちゃんである私はもうすでに若者の文化を理解できない感はぬぐい切れない今日この頃…