我が国では子供が悪さをしたら叱るというのが、大勢の共通認識だと思います。しかしアドラー心理学では、このことに異論を唱えます。何故でしょうか。子供は多くの場合、大人の注意を引く「目的」のために悪さをします。それに対して叱ったら、子供はその目的を達成したことになります。場合によっては益々いたずらを増長させます。そうした子供の「目的」の達成を、叱るという行為により増長させるのではなく、対話することで鎮静化することの方が大切です。
 そんなことを言っても、子供が騒いだのだから怒るのは「仕方がない」と反論する方もいらっしゃると思います。アドラーの心理学では、子供が騒いだからという原因に注目するのではなく、子供の騒ぎを鎮めるために怒ったという「目的」の方に注目します。子供の騒ぎを鎮める目的のためには、怒るという以外の手段があるはずだからです。
 今だに子供が大人の注意を引く為にいたずらをしたり騒いだりすることがあることが理解されていないように思います。子供の「目的」は何なのか、大人としてどう子供とかかわってあげればいいのか、今一度考えてみましょう。
 ここ数年で注目されているアドラー心理学では、子供への接し方として、褒めることも叱ることもタブーと考えています。賞罰的な価値観で子供に接する事をタブー視しているのです。褒める事が何故いけないのか、それは子供に対して上からの目線になるからです。あくまでも対等な関係で、子供に接することをアドラー心理学は重視します。もっとも、大人の方がはるかに先人としての知恵に長けている場合が多いですから、場面場面でリーダーとして振る舞わなくてはなりませんし、知恵を授けることは大切です。しかし基本的な接し方として、子供も対等に大人として扱うことが重要なのです。
 先に、失敗を目的としてしまった受験生の話を書きました。すわなち、不合格が怖くて試験を受けなくて言い理由を自分で作ってしまった若者です。試験を受けなければ、受けていれば受かったと言い続け、失敗を避ける事ができるからです。
 こうした目的を設定しては豊かな人生を歩む事はできません。そこで目的を謝らない為にチェックすべき点は何でしょうか。それは、先の受験生のように他人の評価が入り込まないということが大前提になります。あなたが他の人との比較や賞賛を得るためでなく、自分自身のために心から喜べることであることです。さらに周囲の人と調和し、人や社会を明るくできることであればますます幸福感は深まるはずです。人からの賞賛を引き換えにするのではなく、無条件に人や社会に奉仕するマインドです。人からの賞賛を得る事や、ましてや復讐心が動機の場合は、決して真の幸せには近づけません。