オート三輪は80年代以降に生まれた方は、ほとんど馴染みがないかと思います。50年代、60年代はお米屋さんや工事関係業者などがさかんにオート三輪を導入しました。郵便車もありました。構造上、狭い道での小回りが得意でした。マツダとダイハツがその両横綱でした。両者共に当時の軽自動車の規格の360ccのエンジン搭載のものと2000ccクラスの大型のものを生産していました。当時、浜田光夫と吉永小百合主演の青春映画や、三国連太郎主演の「飢餓海峡」など多くの邦画に登場しました。比較的近年では、「稲村ジェーン」や「ALWAYS 3丁目の夕陽」にダイハツ・ミゼットなどが登場したかと思います。
戦争直後のヨーロッパでも、三輪自動車が作られた時代がありました。メッサーシュミットやハイケンル・バブルカーなどが有名です。戦闘機のように前後に2人が着座するタンデム式のメッサーシュミットは、東京の街角でも時々見かけました。英国ではリライアント・ロビンという三輪自動車が比較的近年まで生産されていました。