香港で20年くらい目にした忘れられない光景をお話しましょう。当時の香港国際空港は九龍の市街地に近い啓徳国際空港でした。私は到着ロビを出たところの車寄せでホテルのお迎えの車に乗ろうとしていました。その時、黒のディムラー420リムジンが私の車の前に停まりました。ホテルの送迎用の車とすぐにわかりましたが、ディムラーを保有しているのはペニンシュラか当時にリージェントなどの超高級ホテルに違いありません。どんなお客さんをお迎えに来たのでしょうか。
 ディムラーのドアが開きました。乗り込んだのは、トレーナーにジーンズ姿の日本人の若い女性3人組でした。ショーファーが、パーティション越しにおしぼりを3人に差し出しているのが見えました。女子大生か新入OLの仲良しグループという雰囲気でしたが、これほど場違いなファッションを見たことはめったにありません。当時すでに香港の超高級ホテルは団体客も受け入れるようになっていたので、こんなことも起きたのだと思います。
 私が子供の頃の昭和30年代は、「よそゆき」と言って、親も子供もお出かけ用の服装があったものです。私は金ボタンのブレザーにグレーの半ズボン、そして黒の革靴が定番でした。そのうち昭和40年代ころから「よそゆき」がすたれて、デパートやホテルを歩く人たちに普段着が目立つようになりました。
 私はこの頃のように、場所や時間をわきまえてお洒落を楽しんだ時代が懐かしく思います。旅先、特に欧米のような決まり事の多い国々では面会する相手や迎え入れてくれるホテルやレストランに相応しい服装をしたいものです。香港でも外を気楽に歩くにはトレーナーとジーンズでもいいでしょう。しかしペニンシュラでアフタヌーンティーやリッツでディナーを楽しむような場合は、その場所の雰囲気に気を配るべきだと思います。
 香港でのお洒落に関しては、私は1955年の映画「慕情」の主人公を演じる、ジェニファー・ジョーンズとウイリアム・ホールデンの着こなすファッションが参考になると思います。男性のネクタイを今流に太くさえすれば、ふたりのファッションと着こなしは今でも十分通用することでしょう。