■第三章:彦霊
「幾ら何でも、平安時代に閃光弾はないだろう?」
私は思わず、異を唱えた。
須佐は、ニヤリとして言った。
「半分は俺の想像だがね。それらしき物は使われていたらしい」
現代ではSWAT等がテロリスト制圧に使用する轟音閃光弾である。
殺傷力はないが、桁外れの爆発音と目も眩む閃光を発し、一時的にテロリストを無力化する事が出来る。
殺傷力はないが、桁外れの爆発音と目も眩む閃光を発し、一時的にテロリストを無力化する事が出来る。
道真はそれを実用化していたと言うのだ。
平安の時代に。
平安の時代に。
「とても信じられない」
「どうして?科学知識が無い平安人だから?」
「どうして?科学知識が無い平安人だから?」
まあ、そういう事だった。
余りにも場違い過ぎる。
余りにも場違い過ぎる。
「土師氏を馬鹿にしちゃ行けないよ。発明王エジソンだって殆ど無学だったんだ。正しい方法論と根気さえあれば、発明は可能だぜ」
須佐は私の反応を予想していた様だった。
「土師氏ってのは砂鉄を採取する鉱山師だったんだ。いろんな鉱石を掘り出していた訳さ。 一方で彼らは焼き物師でもある。土器を焼いたり、鉄を鍛えたり。常に炎と共にいた集団だ。掘りだした鉱石を火に当ててみるのは自然な行動だと思わないか?」
「炎色反応か…?」
「そうさ。奴らは根気良くそれぞれの鉱物が持つ性質を見極めて行ったんだ」
「そうさ。奴らは根気良くそれぞれの鉱物が持つ性質を見極めて行ったんだ」
「さっき記録が残っていると言ったな?」
「それらしき物の、だけどな」
「それらしき物の、だけどな」
須佐は燗酒を飲み干しながら、言った。
「俺の家に伝わる口伝によれば、彼らはそれを『彦霊』と呼んでいた」
「ひこだま?」
「ひこだま?」
「ああ、音だけする物を『木霊(こだま)』。光だけを発する物を『火霊(ひたま)』。両方発するのを『彦霊』と呼んだらしい」
私にはまだ信じられなかった。
「そんな物が実在したなら、ちゃんと記録に残っている筈だ」
須佐は空になったコップを弄びながら、詰まらなそうに言った。
「ふん。書物に書かれた物だけが記録だと思うなよ。大体、理解出来ない現象をどうやって書き留めろと言うんだ。皆妖怪話になっちまうだろ」
そう言われれば、確かにその通りだった。
怪しの火の類は、「当事者には理解出来ない性質の炎」と理解すべきかもしれない。
怪しの火の類は、「当事者には理解出来ない性質の炎」と理解すべきかもしれない。
「それよりもさあ」
須佐が声を大きくした。
「もう一杯飲ませてくれねえかなあ。もう一つ、面白い話を聞かせてやるから」
須佐は下唇を尖らせていた。
何故酒を奢らなければならないのかと、思わないではなかった。
が、それよりも次はどんな話だろうという興味の方が勝っていた。
が、それよりも次はどんな話だろうという興味の方が勝っていた。
どうせ安酒じゃないか。
私は、お替わりを注文してやった。
「ありがたいね。先生が芥川賞を取ったら、必ず本を買うよ。嘘じゃない」
酒さえ飲めれば、須佐は上機嫌だった。
「旨いねえ、二杯目は。最初から二杯目を飲みたい位だね」
私の目が冷たい事に気付いたのだろう。
須佐は手の甲で口を拭うと、取り繕う様に話を始めた。
須佐は手の甲で口を拭うと、取り繕う様に話を始めた。
「土師氏の本家と言えば、野見宿禰だ。先生は相撲の起源も知ってるだろう?」
「道真に相撲勝負を仕掛けた奴がいたんだよ。土師氏の子孫なら受けられるだろうってね」