ちくたく ちくたく
この時計は、私の大切な人が3年前に私に買ってくれた時計。
私のお気に入り。
ほぼ毎日、忘れない限りつけている、私のお守り的なものになりつつある。
ちくたく ちくたく ちくたく
雫が一滴づつ落ちて水たまりとなり、側溝へ下り、川へ流れ、そして海に行く。
雫一つの小さな小さなレンズでは、とても小さな一つの部分を映すのみ。
そして、瞬時に消える。
しかし、ある程度雫が集まると、上を見渡すこともできるが、自らのそこも見える。
消える迄の時間が多少長くなるが、太陽が出てきてしまえば、居場所なんてまた元の位置へ。
元の位置へ戻らなかった雫たちは、暗く無機質な閉塞空間をそれなりの速さで進む。
太陽が恋しい。またもとの位置へ戻ることとなるが、はるか上空を他者からは見えない私となって漂うことは、割と楽しい。雲のなかでもみくちゃにされるが、それはそれで社会勉強だ。
でも、私の居場所はどこなのだろう。居場所がないことが、私の使命なのだろうか。
あ!やっと晴れた。流れはなんてゆっくりなのだろう。
あれ?少し、しょっぱいなあ。涙の味なのだろうか。
もしそうだとしたら、何故私は泣いているのだろうか。
涙というのは、嬉しい、悲しい、大きく分けて二つの時にしか現れないのではなかったか。
あったかい。冷たい。 軽い。重い。 明るい。暗い。
そんなところに来た。
大きなお空を、ずっと眺めることができる。
なんて欲張りな。
なのに、そこは見えず、浅はかではない。
尊敬の対象とされる。
しかし、そんな彼も怒ることもあれば泣くこともある。
尊敬の対象物は、全能ではない不完全なもの。
雫はそっとそこを離れ、姿をくらまし、風に乗った。
軽い軽い。羽よりも軽い。
時を刻むときに、
雫はこの旅のなかで、一つ一つの自然物を経由していた。
もうどれだけ時を刻んだのだろうか、
雫はこの旅のなかで、多くの自然物を経由していた。
ちくたく、 ちくたく
雫が時計の秒針の かちっ だったら、
時計は水たまりでも、側溝でも、川でも、はたまた海でもない。
『雫』であろう。
わたしは、小説家を目指すとかそういうのではないのだけれど、
言葉を通した抽象空間は、とても大切だと思っている。
私は、もちろん階段を上がっている途中であり、そういう意味で勉強に必要性を感じている。
言語運用能力を高める為にも、勉強をしたりブログを書いている。
そんな面もある。
今日、久々にサークルにいった。今週の土曜日に発表らしく、今日学内リハやってたんだ。
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