6月4日に行なわれたW杯最終予選のオーストラリア戦。日本は1-1で引き分けて、見事5大会連続のW杯出場を決めた。しかし試合後、香川真司からは弾けるような笑顔を見られなかった。

「W杯に出るというのは、子どもの頃からの夢ですし、それをホームで決められて、ファンと一緒に喜べるのはうれしいし、ホッとしていますけど……」

そう第一声を放つと、一段と表情が厳しくなった。

「個人としては、まったく物足りないです。代表でプレイする際には、すごく注目されて、結果を求められてきたけど、その期待に見合うだけのプレイができていなかった。自分がやらなければいけない状況になったときに、自分は結果を残せてこなかった。それがね……」

日本代表では、本田圭佑、長友佑都とともに、主役のひとりとして常に期待されてきた。最終予選には5試合に出場し、2ゴールを記録した。各試合で存在感を示してきたが、その結果と内容ともに、香川本人には不満だったようだ。

とりわけ、本田、長友が不在だったアウェーのヨルダン戦(3月26日、1-2で敗戦)は、香川にかかる期待が大きかった。自らゴールを記録したものの、チームを勝利に導くことができず、W杯出場も決めることができなかった。そして、この日のオ-ストラリア戦でも何度かチャンスがありながら、試合を決めるゴールは挙げられなかった。自身のキャリアは、マンチェスター・ユナイテッドに移籍し、プレミアリーグでの優勝も経験するなど、着実に積み重ねてきているが、代表では貢献できていない。そのギャップもあって、心の底から喜ぶことができなかったのだろう。

「代表チームに貢献できていないのは、本当に悔しい。決めるべきところで決め切れないのは、単純に(自分の)力不足。『自分以外、誰が勝負すんねん』という強い気持ちも足りてなかったのかな、と思います。特にここ1年で(自分に不足を)感じたのは、そのメンタルの部分ですね。チームの主力として『オレがやるんだ』『オレが代表を勝たせるんだ』という意識を持って、チームをリードしていくことができなかった。それは、すごく難しいことでした」

高い技術が備わっている選手が、あえて「気持ちの強さ」を説くところに、その重要性を理解することができる。おそらくそれは、世界トップクラスのクラブの環境や選手から、大きな影響を受けているのだろう。

「そうですね、(マンチェスター・)ユナイテッドの選手はみんな、基本的に『自分が、自分が』というスタイルで、周囲に合わせるってことがない。自分にボールを寄こせっていう選手ばかり。だけど、それだけ気持ちが強いから、しっかりと結果を残している。それは、すごく勉強になりますね。しかも、ファン・ペルシーやルーニーは、そういう部分がありながら仲間を生かせる術も知っている。自分ひとりで(チームに)”違い”を生み出せる選手なんです。

今、代表でそれをやれているのは、(本田)圭佑くんだけ。実際、圭佑くんは(チームに)”違い”を生み出している。(本田が)いる、いないで、結果も違うので、チームにとって本当に大きな存在になっている。自分も、そういう存在感のある選手にならないといけないし、代表を勝たせる責任感をより持たなければいけない。自分はもちろんのこと、圭佑くんのような選手が他にも出てこないといけないと思っている」

香川の言葉から、現在の日本代表が「本田依存症」になっていることがよくわかる。しかし香川は、そこから脱出しなければいけないことを人一倍感じている。

「みんな、そこ(本田依存症)から脱しないといけないという気持ちを持っているし、みんなも(ひとりひとりが)自立していかないといけないと思っている。今の代表はチームワークを大事にして、『チームのために』という考えを持った選手が多い。それは、カッコいい言い方だけど、それだけを重視してもダメ。チームワークだけじゃ、世界では勝てない。『オレがやるんだ』という強い気持ちを持った選手がもっと必要だし、そういう選手が増えていくことが、世界で勝つには不可欠なんです。ここ最近、それをすごく強く感じるようになった」

はたして「本田依存症」から脱し、自立したチームになっていくためには、何が必要なのだろうか。

「個ですね。個を高めていく以外、ないと思います」
 香川は、きっぱりとそう言った。

香川の口から「個の成長」という言葉が出るのは、不思議な感じがした。ドルトムントで実績を残して、さらにマンチェスター・ユナイテッドでも活躍するなど、彼はここ数年で、他のどの選手よりも個の質を上げてきたからだ。

「確かに、ドルトムントからユナイテッドに移籍し、(自身の)成長曲線はすごいかもしれないけど、個人的にはまだまだ課題が多い。ユナイテッドで『少しやれた』と思ったのも、シーズン後半だけですから。

僕のポジションで言う”個の力”というのは、ゴールを自分ひとりでも、(周囲との)コンビネーションでも決められる力。ブルガリア戦、オーストラリア戦と、何度かチャンスがあった中で、(自分は)1点も取れなかった。そこの精度や強さを上げて、決められる選手にならないと世界では活躍できない。

もちろん自分だけじゃなく、みんなも個を磨く必要がある。最近は、選手個人だけを見たら、多くの選手が海外に出て、ひとりひとり成長した部分はあるけど、代表として集まったときに、まだまだ個の力が足りない。攻撃で言えば、FWと2列目の選手全員が高い個の力を持っていなければいけない。ひとり、ふたりだけでは(相手に)研究されて、苦しい展開になる。少なくとも3、4人は個の力を持った選手が出てこないと、世界で戦うのは厳しい。とにかく、全体的に個の質を上げて、その部分がもっともっとチームの力として反映されてこないと、(W杯では)話にならないと思います」

翻(ひるがえ)って、これまでのチームとしての成長について、香川はどう捉えているのだろうか。ちょうど1年前、W杯最終予選がスタートして、ホームで2連勝を飾った際には、選手の誰もが日本の強さ、成長を実感していた。だがその後は、飛躍的な進化を感じる機会が少なくなっている。特に今年に入ってからは、停滞感さえ漂っている。

「う~ん……、今のチーム状態は良くないですから。どのくらい自分のイメージするチームに近づけたのか、正直、ちょっとわからない。(成長の度合いを)アジアではかるのと、世界ではかるのとでも、まったく違うと思いますし。そういう意味では、今度のコンフェデレーションズカップが、(チームの)成長を見極められる、ひとつの目安になると思います。

ブルガリア戦、オーストラリア戦と勝てない試合が続いて、コンフェデレーションズカップの前にどうチームを修正していくか。そこからチームの状態が変わって、昨年(10月)の欧州遠征では0-4で負けたブラジル相手に、彼らのホームで自分たちの戦いがどれだけできるか。そこで、初めてチームの成長を見ることができると思う。そういう意味では、チームとしての本当の力が試される大会になると思います」

さらに香川は、コンフェデレーションズカップではチームの力を試し、推し量る以外にも、もうひとつ大きな意味があるという。

「今の代表は、チームとしてのアウェーでの経験値が足りない。そういう試合を経験すること自体少ないし、実際にアウェーではなかなか勝てていない現実もある。それが今回、(W杯最終予選の)イラク戦もあって、コンフェデレーションズカップという絶好の機会がある。グループリーグを突破することができれば、トータル5試合戦える。それは、チームにとってすごくいい経験になると思う。なかでも、ブラジルを相手にアウェーで戦えるのは、すごく楽しみだし、貴重な経験。単に勝った、負けたではなく、そのアウェーの経験をチームの成長に生かしていければいいな、と思います」

香川と話をしている間、彼の口からは何度も「個」という言葉が漏れた。自我を出すことを恐れずに、自己主張すること。その重要性を自覚し、代表チームで最も発揮していかなければいけないのは、言うまでもなく香川だ。

「もっと個を高めていきたい。そのためには、ユナイテッドでの2年目が重要になってくる。チームの中で、いかに自分のプレイや自分というものを表現して、主力としてやっていけるか。その経験が、代表にもつながっていくと思う」

ブラジルW杯まで1年。香川の脳裏に描かれているのは、自らが成長し、本田をも凌駕する個の力を身につけて、自身が中心となった日本代表が世界を驚かすサッカーをすることにある。これから彼は、そのイメージをより鮮明にしていくに違いない。