夏の参院選からインターネットを使った選挙運動が解禁される。今まで選挙期間突入と同時に「停止」していたネットを駆使した選挙運動が可能になる。「何をいまさら」という感じだが、7月4日公示(同21日投開票)が有力な参院選の勝利に結びつけようと、各党とも研修会の開催や動画チャンネルの開設など、早くも必死のアピール作戦を展開している。(酒井充)

ネットと選挙と言えば、先駆者がいる。いまや国民的アイドルグループとなったAKB48グループだ。参院選前の6月8日には、新曲を唱うメンバーをファン投票で選ぶ「第5回選抜総選挙」が横浜市で開催される。

実はAKBこそネットで成長したアイドルグループといえる。平成17年12月の秋葉原での劇場デビュー公演の一般客はわずか7人。それが今や倍率100倍以上のときもあり、昨年8月の東京ドーム公演は連日満員だった。

なぜ、ここまで人気が上昇したのか。最初は秋葉原に出没する「オタク」の口コミで人気が広がった。定員250人の劇場が満員になるのにさほど時間はかからなかったが、今度は観覧希望が増えすぎ、「会いにいけるアイドル」がコンセプトなのに、なかなか会えない事態に陥った。

そこで、総合プロデューサーの秋元康氏らが目を付けたのが、ソーシャルネットメディアだった。

ほとんどのメンバーはブログを開設し、日常の些細な出来事についてファンとコメントでやりとりする。以前のアイドルとの交流といえば、ファンクラブ中心のたまに開かれるイベントとファンレターのやりとりが中心だった。その交流がサイバー空間に移り、アイドル戦国時代といわれる中で最もうまく活用したのがAKBだったわけだ。

積極的にネットを活用し始めたのにあわせ、AKBの人気も全国区の広がりをみせ始めた。メンバー最年長の篠田麻里子さんがツイッターを開始したのは22年7月。いまやフォロワーは150万人を超え、全ユーザーで3位、女性ではトップに君臨する。政治家で最も多い日本維新の会共同代表・橋下徹大阪市長の約100万を優にしのぐ。ちなみにメンバーの小嶋陽菜さん、板野友美さんも橋下氏より多い。

23年12月には、大手検索エンジンサイト「グーグル」が運営する交流サイト「グーグルプラス」(ぐぐたす)で、名古屋のSKE48や大阪のNMB48といった姉妹グループも含め原則全メンバーが利用を始めた。「おやすみ」などのあいさつまでアップする頻繁な更新に、ファンが「おやすみ」とコメントを書き込むなど、雲の上の存在だったアイドルとの一体感を得られるツールとなっている。

6月8日のAKB選抜総選挙だが、メンバーがネット上で投票を呼び掛けるのは禁止という申し合わせがあるようだ。確かにメンバーのブログなどで露骨な投票呼び掛けはみられない。

だが、5月21日から始まる投票受付を前に、すでにネット上にはファン同士の熱い選挙戦が展開されている。掲示板には特定のメンバーを応援するスレッドが立ち上がり、「大島優子のV2を実現させよう」「山本彩を選抜入りさせよう」といった応援合戦が過熱している。

ファンが独自に作成した「推しメン」(応援しているメンバー)の応援ポスターも出現。さらに対抗心を燃やした別のファンが競ってポスターを作成する現象も起きている。

もちろんネット特有の誹謗中傷や、メンバーを装った「なりすまし」のツイッター、フェイスブックも氾濫している。「私はツイッターをやっていません」とメンバーが訴えても、本物と間違えて交流している人も多い。

応援運動と同時に、落選運動も盛んだ。「なぜ○×が選抜入りしているのか」「絶対選抜入りを阻止しよう」といった書き込みや、まさに誹謗中傷としかいえず、読むに堪えないような罵詈雑言もあふれている。刑法に触れるようなよほどひどい言葉は摘発の対象になるだろうが、これらを抑制する有効な手立てはないのが現状だ。

本物の選挙でも、公示・告示前から似たような現象は起きている。だが、実際に選挙期間に突入したら、こうしたネット上の応援・非難合戦がさらに過熱することになるだろう。その意味で、AKBをめぐるネット上の実態は、政党、候補者らにとっていい教材となるかもしれない。

一方、忘れてはならない点もある。それは、有権者との直接の触れあいだ。AKBのファン拡大の理由は確かにネットの有効な駆使にあるかもしれないが、これだけではない。

メンバーは毎週のようにどこかで握手会を開催している。劇場やコンサートの鑑賞は今も困難だが、握手会は、CDを購入すればほぼ希望者全員が参加できる仕組みになっている。

新曲発売のたびに行われる特定のメンバーとの「個別指名握手会」でいえば、シングルCD1枚購入につき、約10秒間握手して会話することができる。わずか10秒だが、そこはメンバーもファンも必死だ。メンバーはファンを一人でも増やそうと、好感を得るために衣装も含めいろいろなアピールを考える。ファンもあこがれのアイドルと何を話すかを真剣に考える。

本物の選挙は、ネットを使った選挙運動が解禁になるからといって得票が格段に増えるかどうかは分からない。原点にあるのは有権者と直接触れて政策や自分の人柄を訴えることにあるはずだ。

さすがにAKBのファンのように、有権者の方から握手を求める必死さは本物の選挙ではなかなかないがだろうが、少なくとも支持を広げたい候補者側にとっては大いに参考になるのではないだろうか。