本書の執筆はこの2014年の11~12月に行われている。本節では本書の執筆につながった2つの出来事について書いておきたい。

 1つは、「心はプルシアンブルー」開始の理由に関するドラマ影響説を意識するようになったことである。この仮説がうまれた経緯については、本書の2011年3の部分ですでに紹介している。サブリミナル効果という言葉を使ったこの仮説が、私の胸中に登場したのが2014年の夏だった。

 このドラマ影響説が正しいのかどうか、私には分からない。しかし、ドラマ影響説の登場が前出の「洗脳護身術」の読書につながった。「洗脳護身術」からの抜粋を挿入したことで「心はプルシアンブルー」に興味を持ってくれる読者が少しでも増えたならば、筆者としては嬉しいところである。

 ドラマ影響説を意識するようになって以降も、例の刑事ドラマを思い浮かべてオナニーする習慣は続けている。ドラマ影響説を前提とすれば、オナニーを続けることで「心はプルシアンブルー」も継続させられると考えることもできる。

 しかし洗脳に関しては、洗脳されていることに気づいた時点で洗脳は解けている、という。ドラマ影響説を意識するようになったことで、そのサブリミナル効果は失われ「心はプルシアンブルー」は終焉するのかもしれないと考えたりもする。

 もっともこうした議論はすべてドラマ影響説の成立を前提としている。ドラマ影響説の真偽が不明である以上、すべてが空理空論にすぎない可能性は否定できない。

 

 さて本書の誕生にはなくてはならなかった出来事がもう1つ存在する。それは一冊の本との出会いであった。

 「理性のゆらぎ」(青山圭秀著/幻冬舎文庫)がその書名である。

1990年代前半青山圭秀氏によって記された三部作「理性のゆらぎ」「アガスティアの葉」「サンカルパ」は累計100万部を超えるベストセラーとなった。いずれもインドを舞台とした著者の体験が書かれている。しかし私はこれらの本のことを2014年まで一切知らなかった。

 私が出会った「理性のゆらぎ」には世界に存在するさまざまな不思議のこと、あるいは「神」のことが書かれている。その内容はとても興味深いものだった。

 一番印象的だったのは、作品終盤に登場するインド人占星術師の次の台詞である。

「この世の中に偶然というものはない。すべては神の計らいによる。」

 この言葉に、偶然不信派は大いに意を強くした。実際、この本を読んで以降、私の心の中のパワーバランスに変化が生じ、偶然不信派の勢力が強まったように思う。

 そういった本の内容的な部分もさることながら、それ以上に感銘を受けたのは青山先生の書いた文章そのものに対してである。青山先生の文章は、私がそれまで読んだどの文章よりも心に深く染み入り、心地よく響いた。

(自分もこんな文章を書いてみたい)

 その思いが本書の執筆へと私をかりたてた。

 実を言えば、文章という点に関しては、本書は「理性のゆらぎ」を手本にして書いている。率直に言って、ここまで書いてきた文章というのは、本来私の持っていた文章力をはるかに上回るものだと思う。生まれてこのかた、これほど調子よく文章を書けたことは一度もない。

 それは間違いなく「理性のゆらぎ」効果によるところが大きい。もっとも私の文章がどこまで青山先生の文章に近づけたかという点に関しては、いささか心許ないところである。

 

 さて、山梨学院は10月の予選会を4位で通過し、11月の全日本大学駅伝は5位で2年連続全日本シードを獲得した。山梨学院にとっては2年ぶりのゴールを目指す91回箱根駅伝が近づきつつあった。

 「理性のゆらぎ」を読んで以降、今年も「心はプルシアンブルー」が続いてほしいという方に心が傾いていた。精神状態は一進一退だったが、「理性のゆらぎ」が確かな感動をもたらしたことは間違いなかった。その感動が山梨学院の結果に反映された時、私は自らを誇らしく思うことだろう。自らの幸福が箱根駅伝につながった――そう感じられた時の誇らしさは何ものにも代えがたいものである。

(あの誇らしさをもう一度味わいたい)

 そんな気持ちが強まってくるのを感じていた。