本日不快指数80パーセント。

何時降り出してもおかしくない空模様。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の相棒はT氏だ。

彼は若い社員達から疎まれている。

それは仕方の無い事だ。

我が社の大口取引先の退職者と云うことで

そこは大人の事情

六十過ぎの彼を雇い入れた会社の思惑も分らない訳ではないが

給料泥棒も同然の彼の働きぶりを目の当たりにしては

誰だって彼の事を快く思うはずがない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

客先へ向かう車中のT氏は饒舌だ。

自らの卑近な話から政治経済の話題まで

熱く語ってくれる。

しかし、それは長く続かない。

助手席のT氏は直ぐに静かになった。

私は運転をしながらチラリと横目で彼を見る。

眼鏡の奥の眼は閉じられている。

彼の鼻孔から漏れ出てくる呼吸音から察するならば

既に深い眠りの森の住人となっていることは確かだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「で、どうなの?Tさんは」

「事務所ではいつも居眠りばかりしていますよ

ほとんど仕事なんかしやしない

って云うか、やってもらう仕事もあまりないんですけど・・・」

「ふーん、結局、N社から厄介なお荷物を押しつけられただけか」

「明日、営業に出るんでしょ?、連れてってくれませんか、Tさんを・・・」

「えっ、俺が?」

「お願いしますよ、ここに居ても、居眠りして、昼飯食って

また居眠りして、起きたかなと思ったら新聞読んで

そしてまた居眠りして・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「Tさん、もうすぐ着きますよ」

「・・・おっと、いつの間にか眠り込んでたな

おや、雨が降っているじゃないか」

「ええ、さっき降り出しましたね」

「しまったな」

「どうかしたんですか?」

「いや、傘を持ってこなかった」

「大丈夫ですよ、今から行くところは濡れずに入れますから」

「いや、そうじゃなくて、帰りの事だ」

「会社から帰るとき?」

「そうだ」

「・・・」

今はまだ午前十時半、終業の時間まではたっぷりある

しかし、T氏の頭の中の時計は

午後四時四十五分を既に回っているらしい。













雨のしとしと降る夜だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「すまないね、こんなものしか無くて」

「何を仰るんですか

雨に打たれ腹ペコで震えていた私を助けて下さったうえに

あなたの家に住まわせてもらい、食べ物まで・・・

私こそ何の恩返しもできなくて申し訳ないと思っているんです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

男はかつて他人が羨むような暮らしをしてきたが

ある病をきっかけに職も家庭も失った。

とは云え、蓄えはかなりあったので

十年近く定職につかないで暮らすことができた。

しかし、使えば無くなるのが金というもので

現在は否応なく働かざるを得ない状況となっている。

三か月前に職安の紹介で、ある会社に雇われはしたものの

ここの給料では家賃や光熱費を払えば、食べていくのがやっとだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ほんとに今の自分が惨めでしょうがないよ

昔の生活が良かっただけに、尚更そう思うんだろうね」

「私には、あなたの以前の生活がどのようなものだったか

知る由もありませんし、人がどれだけの物を持ち

どれだけ広い所に住んで、どれだけ美味しいものを食べ

どれだけ多くの人から愛されれば幸せなのか想像もできません

私ですか?私は今はとても幸福です。

雨風で身を苛まれることも野犬に襲われる心配もなく

飢えることもない・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

男は子猫の頭を撫でながら物思いにふけっていた。












西洋の格言に『小さな鍋は直ぐたぎる』というのがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

同僚のUさんは社内では『短気』な男として知られている。

今日は事務所で後輩のМ君を怒鳴り上げている。

上役が不在なのをいいことに、その罵声は廊下にも聞えてくる程だ。

「何度同じミスをすれば気が済むんだ!

お前は学習と云う言葉を知らんのか

人間、誰しも失敗はする、それは仕方が無い

しかしだな、お前の場合は反省がないから

何度でも同じ失敗を繰り返すんだ

人から注意されたり怒られたりしたことは肝に銘じとけ!

お前がミスすれば、俺が責任を取らされるんだぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

元来Uさんは『他人の不幸は蜜より甘い』と思っている人間だ。

М君が今回の仕事のパートナーでなければ

彼が始末書の最多記録を更新することにやぶさかでない。

問題は『自分が責任を取らされる』ことである。

「いいかっ!二度とこんなしょうもないミスをするなよ

分ったか、分ったのかって聞いているんだっ!」

何度も同じ失敗を繰り返すМ君である。

無言で俯いていてもUさんの叱責は頭の中を素通りしている。

今の彼の頭の中が『A○B総選挙』のことで一杯なのは

チラチラと腕時計に目をやる挙動で察しがついた。

「この野郎っ!・・・」

ついにUさんの小さな堪忍袋の緒は切れたが

その途端、彼はばったりと床に倒れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あっ、課長お帰りなさい、どうでしたUさんの具合は?」

「ああ、先ずは大丈夫だ、君達が直ぐ救急車を呼んでくれて

処置も早かったから、大事には至らないそうだ」

「やっぱり頭のほうですか?」

「うむ、ただでさえ血圧が高いのに・・・」

「短気は良くないですよね」

「そうだな、もう少し、ケ○の穴のでかい男だと

こんなことにはならなかったと思うんだが・・・」

「そうですね、もう少し器が大きければ・・・」










これは、私が幼いころ祖父から聞いた話

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昔むかし、貧しい老婆が山菜採りに出かけた。

山奥で道に迷い、途方に暮れていると

どこからか人の話し声がする。

老婆がその声のする方に行ってみると

大勢の厳しい男達がぞろぞろと歩いていた。

ある者は荷を担ぎ、ある者は荷車を曳いている。

老婆は不審に思って

男達に見つからぬよう、木立に身を隠しながら後をつけた。

一行が進む細い山道はやがて大きな岩で閉ざされた。

すると、頭領と思しき男が大岩の前に進み出てこう叫んだ

「開け、ゴマ」

すると、その大岩はゴゴゴと地響きを立てて動き

そこに洞穴が現れた。

男達がその洞穴の中に入ったので

老婆も皆に気付かれぬようにその後から入った。

洞穴の中には眩いばかりの金銀財宝が沢山あった。

『これは、盗賊に違いないぞな

奪ってきた宝物を此処に隠しておるんだっちゃ』

老婆は盗賊の人数を数えてみた。

『ひい、ふう、みい・・・三十九、四十

四十人の盗賊だわさ』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あのさ、おじいちゃん、このお話って

『アリババと40人の盗賊』に似てるんだけど・・・」

「えっ、そんな話があるんかい?

これは『あるババアと四十人の盗人(ぬすっと)』ちゅう昔話じゃ」






「で、教授、これからどうするんですか?」

小南は疲れ切った表情で尋ねた。

「どうもこうもないだろ、出口を探すしか・・・」

「そんなことは分ってますっ!

もう何回も同じ場所をグルグル回っているじゃないですか

こんな目に遭うって分ってたら、来るんじゃなかった・・・」

「何を今更、そもそもは君があの怪しげな古地図を

神保町の古本屋から買ってきたのが発端じゃないか」

「な、な、何を言うんですか

教授が『これは地底王国の在り処を示す地図に違いない

我々が此処を突きとめれば世紀の大発見だっ!』とか言って

僕を無理矢理連れ出したんじゃないですか」

「コナン君、これは探検なんだぞ、探検には危険がつきものだ

地底人に襲われたり、恐竜に食われそうになったり

地底湖で溺れかけたりってことは覚悟の上だろ」

「覚悟の上だろって説教する前に、僕の名前ぐらい覚えてくださいっ!

僕はコミナミです、コ・ミ・ナ・ミ

僕が何年、教授の助手をしてると思ってるんですかっ!

馬鹿じゃあるまいし」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは、これだからウイットを解せぬ奴は困る」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「仁吉さんよ、あそこの二人は何やってんだろね

洞穴の前で訳の分らんことを喚き合っとるで」

「ああ、よそもんだな、ありゃ

きっとあの洞穴に入ってしもうたんじゃろ

『立ち入り禁止』の立て札があったんじゃが

目に入らんかったのかのう

辰由さんは地元じゃないで知らんじゃろうが、あの洞穴の中には

何か訳の分らんガスが溜まっていての

そのガスを吸うとおかしくなってしまうんじゃ

まあ、命に別条はないし、直に元に戻るんじゃが

正気に戻るまでは幻覚を見るらしい

このことは地元の人間なら皆知っとるで、誰もあそこにゃ近づかん

俺の曾爺さんが持っとった古地図にも記されておったから

相当昔から知られとったことじゃ

・・・ああ、その地図なら

親爺の代に家を建て替えたとき、不要品を処分したんじゃが

その時、その古地図もどこかにいってしもうての・・・

東京から来た骨董屋にもあれこれ譲ってやったから

もしかしたら、その中に紛れ込んだかもしれん」