息子は外泊しているので、朝の儀式は行えない。
妻と2人だと食事の準備にも力が入らない。
前夜の残り物でさっさと朝食を済ませてしまった。
前日、前校からの書類を受け取り、後は住民票だけ。
通信制高校に正式な手続きをするため、午後から会社を休むことにした。
家のすぐ近くに市役所の出先がある。
住民票を入手し、一旦自宅に戻る。
必要書類を一枚一枚確認する。
バラバラにしていなかった証明写真を切り離す。
金髪は茶髪に修正してある。
全体的なバランスがおかしくなるため、黒髪には出来なかった。
初めて、数歩自分で歩いた時の息子の顔。
熱性けいれんで妻の背中で泡を吹いていた息子の顔。
初めて保育所に連れていった時に帰りたいと泣きじゃくっていた息子の顔。
暗いところが恐くて、映画館から逃げ出してしまった息子の顔。
毎晩、毎晩、夜中になると布団に潜り込んできた息子の顔。
初めて、自転車に乗れた時の嬉しそうな息子な顔。
ピアノの発表会で親子連弾した時の緊張した息子の顔。
小学生ロボコン大会で負けて泣きそうになっていた息子の顔。
中1の時、市民体育大会で優勝し、大喜びした息子の顔。
決勝戦での気合いの入った、真剣な息子の顔。
合唱コンクールで居心地悪そうに歌っていた息子の顔。
高校入試直前の緊張した息子の顔。
合格発表で自分の番号を見つけて喜ぶ息子の顔。
走馬灯のように、これまでの息子の顔が頭の中を駆け巡る。
先日歌ったカラオケが自然と口から洩れる。
お前が生まれた時、父さん、母さん達はどんなに喜んだことだろう。
私たちだけを頼りににしている寝顔のいじらしさ。
もう心の整理は出来ていたはずなのに、自然と涙が湧きでてくる。
涙で手続き書類が汚れないよう、ティシュで涙をぬぐった。
16時、通信制高校に到着。
事務的に手続き書類を確認する。
近日中に今度は息子と来てほしいと言われる。
その場で息子に電話。
無事に電話がつながり、火曜日に予約を入れた。
通信制高校からの帰り道、車は渋滞していた。
その横を市内で一番優秀な公立高校の生徒達が通り過ぎる。
ジャージの背中には学校名と陸上部の文字。
楽しそうなお坊ちゃん、お譲ちゃんたち。
何でうちの息子は…。
みんな死んでしまえ。 確かにそう思った。
心が荒みきっている自分に驚いた。
人間なんてこんなものなのだろうか?
こんなに簡単に邪悪な魂が芽吹いてしまうものなのだろうか?
こんな人間だから、息子もおかしくなってしまったのかもしれない。
それでもまだその気持ちを押し留める良心も残っている。
漫画でよく使われる手法。 頭の中で天使と悪魔が闘っている。
前日の朝食の儀の時、尼崎の連続殺人のニュースをやっていた。
俺なら、家族を守るために相手を先に殺すなと漏らした。
後で妻に息子の前で殺人を肯定するような事を言うなと窘められた。
仲間のためなら、人を殺してもいいことになっちゃうよと。
妻の方が冷静である。 軽率であった。
18時半頃、息子から迎え要請の電話。
待ち合わせのコンビニにつくと、しばらくして友人Aと共に現れた。
ちょっと買い物してくると言い、コンビニの中へ。
戻ってきた2人のビニール袋の中にはおでん。
時間がまだ早い。 また友人A宅に行くのかと息子に訊く。
いや、今日はもう帰ると息子。
昨夜、遊びまくって疲れているらしい。
予想外の早い帰りだったので夕食の準備は終わっていない。
急いで支度を整え、久しぶりの3人での夕食。
昨夜はオールで肝試しを兼ねた山登りをしたという。
何をしているんだか…。
タバコのボイ捨てで山火事にでもなったら大変だ。
妻もソウ状態で、会話もそこそこ弾んだ。
しかし、今日気付いてしまった。
自分の中に違う人格が住み始めている。
ジキルとハイド。
これは危険な状態、正常な自分が警鐘を鳴らしている。
大丈夫、まだまだ息子を見守っていかなければならないだから。
頑張れ、自分。