昨日の帰宅は20時少し前。
玄関に息子の靴はなかった。
妻は先に食事を終え、一人でQさまを視ていた。
息子は?と訊くと、友人Eのところに泊まるってとの返事。
友人Eと言えば、前夜一緒にバイクで海に行った仲間。
このところ落ち着いていただけに心配は募る。
一緒にQさまを視ながら食事を摂る。
妻が犬でも飼おうかなとポツリと言う。
世話をやく相手がいないのがつまらないらしい。
この春まで3人の子供たちはそれなりに手がかかっていた。
上の娘は専門学校生、下の娘は高校生、そして息子は中学生だった。
それがこの春、上の娘は就職のため、下の娘は大学進学のため、
それぞれ違う土地へと家を出て行った。
そして、息子は一人っ子になった。
その息子も今ではある意味手がかからない。
違った意味では大いに手はかかってはいるが。
つまり3人の子供を一度に失った状態だ。
妻の気持ちはよく解る。
生甲斐というか、そういったものを喪失した感じだ。
春先、弁当作り、最後の3年。
妻はそれなりに気合いを入れていた。
色々と弁当グッズも新しく買い揃えていた。
朝6時前には起きだし、弁当と朝食を作る。
それが我が家の朝のスタイルだった。
しかし息子の変貌により、状況は一変した。
気力を失った妻は朝食を作らなくなった。
今、その役目は私が続けている。
文句のひとつも言いたくなることもある。
しかし息子と同様、自分で気付き、奮起してもらうしかない。
今は黙って支えていくしかないだろう。
犬を飼う件は今のところ賛成は出来ない。
命に対して10年以上に渡る責任を負う覚悟が必要である。
今この瞬間の心の隙間を埋めるためだけというわけにはいかない。
そして経験上、1年も経たないうちに犬の世話は私の役目になっている。
もうひとつ、反対する最大の理由。
私たちが平均寿命まで生きたとしたら、その犬は確実に先に死ぬ。
もう悲しい思いはしたくない。 辛い思いはさせたくない。