月曜日、早朝から今期初の除雪作業。
夜中3時頃に除雪車の音を夢うつつに聞いていた。
いよいよこれから数ヶ月の除雪車との闘いが始まる。
除雪車が山のように車庫前に置いていく硬い雪塊と闘いだ。
痛風は和らいではいるものの、まだ痛みはある。
息子を起こして手伝わせることも考えないわけではない。
しかし出来れば自発的にやってほしい。
当面は痛みを堪えて頑張るしかないだろう。
19時過ぎに帰宅。
雪はそこそこ振ったものの除雪車は出動せず、除雪は免れた。
妻は既に帰宅し、夕飯の支度をしていた。
息子は出かけずに一日引き籠っていたらしい。
寝てるから起こしてきてと妻が言う。
夕飯の支度を終え、息子を起こして3人で食卓に着く。
妻が駅で友人Aに会ったと息子に言う。
息子もLINEで友人Aから連絡があったと応じる。
誘われたけど寒いから行かなかったとも言う。
しかし本当は軍資金が底をついているからだろうと思う。
積雪の状況から夜中に除雪車が出動することは間違いない。
翌日は職場の除雪当番にも当たっていて出勤がいつもより早い。
早朝からの除雪に備え、早めに寝ることにした。
その日のうちに寝るのは久しぶりだ。
寝る前に布団の中で娘にメールを送る。
テレビの天気コーナーでは娘のところも雪はすごいらしい。
無事に雪の初日は終わったよと返事が来た。
一安心してすぐに眠りについた。
翌火曜日、5時半に起きて除雪開始。
車庫前には腰の高さくらいの雪塊の壁が出来ている。
圧雪された雪塊は岩のようである。
まずは岩の除去作業。その後、自然積雪の除去。
まだ気温が高いのだろう自然積雪も湿っていて重い。
1時間半ほど除雪作業は続いた。
家の中に入ると妻が朝食の準備をしていた。
このところ私がずっと朝食を用意していた。
雪の季節、当面はまたお役目交代だ。
ざっと風呂に入り、息子を起こす。
珍しく一度の呼びかけで下りてきた。
どうやら軍資金の援助を頼みたいらしい。
私も妻も諭吉以外の持ち合わせがなかった。
2人の小銭を合わせて1250円。
あまり引き籠っているのも望ましくない。
ジャラジャラと小銭を息子に渡す。
時間もなく、慌ただしく朝食の儀は進んでいった。
職場についてまた1時間の除雪作業。
職場には小型除雪機があるので自宅よりは楽。
入口と屋根のない部分の駐車スペースを確保する。
この日は一日積もりそうな雪がしんしんと降り続けていた。
車庫前の除雪作業が必要になることが十分予想される。
定時に仕事を終え、自宅に戻った。
案上、そのままでは車が入れられない。
すでに除雪を終えていた向かいの家に車を置かせてもらう。
雪をかき分けて自宅に入り、スキーウェアに着替える。
家には息子の姿はなかった。
僅かな軍資金を手に、遊びに繰り出したのだろう。
早々に除雪作業開始。
作業開始後、30分ほどして妻が帰宅。
除雪する私を横目に家の中へ入っていった。
更に1時間、除雪作業をして、車を車庫に入れ、自宅に入る。
妻は先に夕食を食べ始めていた。
まずは先に風呂に入り、一人で遅い食事を済ませた。
妻の話では夕方、駅前で息子と待ち合わせて
更に2000円の軍資金を渡したとのこと。
その時には友人Cと一緒にいたらしい。
駅から最終バスで帰ってくるとすれば、帰宅は22時頃。
しかし22時半になっても息子は帰ってこない。
翌朝も除雪作業は必須だ。
23時過ぎ、明日も除雪しなきゃだから早く帰ってきてくれとメール。
息子からの返信メールはなかった。
0時半頃、息子から電話。友人B宅まで迎えに来てくれないかと言う。
少し前に迎えは当日じゃなきゃ行かないと息子に告げていた。
しかしここで揉めているより、さっさと迎えに行って早く寝た方が得策。
迎えを承諾し、車で友人B宅へ向かった。
平然と乗り込んでくる息子に念を押す。
冬の間の夜間の迎えはもう無理だよと。
ああと短く唸るような声が返ってきた。
自宅に戻り、晩飯の温め直しを開始。
明日も5時半起きだから後は自分でやってくれと息子に告げる。
わかったとコンロの上のフライパンの柄を握る。
一人の食事は寂しい。
一緒に食卓に着いてあげたいが、流石に身体がもたない。
キッチンに立つ息子の姿を背に、寝室へと上がっていった。
自分で出来ることは自分でやらせた方がいいだろう。
これからは少しずつ、こういった事を増やしていこうと思う。