中越地震の傷も癒えぬまま、厳しい冬がやってきました。
街も少しずつ活気を取り戻していましたが、避難所や仮設住宅での越冬は過酷です。
ボクは自分の部屋で冬を迎えることができたので幸せなほうでした。
その冬、記録的な大雪
。
地震のダメージが大きい家は、屋根に積もる雪の重みで倒壊したり、不安なお正月。
雪国では、毎年春が待ち遠しいのですが、この年は特にそう感じました。
雪もほとんど解けてきた3月の終わり、決算前の東京での会議前日。
ジョニーから電話がありました。
「明日の会議、1時間早く来てくれ」
会議前の呼び出し?
なんだろう・・・
当日、ジョニーから告げられたのは転勤の辞令。
「三条へ行ってくれ」
転勤先は同じ新潟県の三条市。
しかも新潟に戻ったらすぐに・・・
社内のトラブルによる急な転勤。
会議後長岡に戻り、翌朝三条へ。
長岡から三条へは約30km
引越ししている暇はない。しばらくは通勤。
長岡に後任の店長が来るまでは兼任。
・・・後任の店長は?
「いやぁ、部屋が決まんなくてねぇ。」
「あのぉ、仕事ナメてますか?あなたが来るまで兼任してるんですけど」
後任は先輩店長。この人で大丈夫?
そんな不安も抱きながら引継ぎも終わり、新天地へ。
長岡での激動の勤務は9ヶ月間。
次の勤務地は立地的にはわかりにくく営業的に不利な場所と言われていました・・・
つづく。