初めての青森リンゴ

最初に驚いたのは、夜星空


8時過ぎたら真っ暗。

今までは夜中でも酔っ払いの叫び声や、呼び込みのお兄ちゃんの手をたたく音、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響いていたのに、夜家に帰って寝床につくと物音ひとつしない。

孤独感に襲われて、なかなか寝付けませんでした。


あ、いやいや、オープン準備に追われ疲れて帰ると3秒で眠っていました。


家から店までは約6km、私は重大なことに気づきました。


この街では、車がなければ生活ができないビックリマーク


そして私は・・・


免許がない!!


仕方がないので自転車を購入。


ところが・・・


着任して2日後に大雪雪雪


チャリンコ買った意味がない!


歩いていけるようなところに店はない。

さらに雪との戦い

今までの暮らしとはまったく違う世界にただ呆然とするばかり。


まぁ、とりあえずは仕事に打ち込もう。


2000年のクリスマスクリスマスツリー

20世紀最後のクリスマスは、ホワイトクリスマスでした雪の結晶


世間では「ミレニアム」で大騒ぎの頃、店はオープンしました。

大盛況のオープンで年末年始は大忙し。


私は毎年仕事をしながら年を越します。


転勤してきたスタッフは恋人に電話したり、家族に電話したり。


「マネージャーは誰かに電話しないんですか?」

「俺はみんなと年越しできればそれでいいんだ」


ちょっと強がり。


ボクの家族はお正月はハワイで迎えるんだそうです・・・芸能人かっ!?


そういえば、転勤したこと、青森にいることは伝えていませんでした。


まあいいや。


年が明けて、仕事の合間をぬって「自動車学校」へ。

私の地元では「教習所」と言っていましたが、青森では「ジシャコウ」と言うそうです。


店長に1ヶ月で取ると約束し、無事取得。

仮免を取ったあたりから、車やさんへ。

最初に購入した車はトヨタの「チェイサー」(中古)なぜか安かったので即決。


雪国での暮らしが初めてのボクはFR車の危険性を知る由もありませんでした。


納車して翌シーズンの冬、アイスバーンで大クラッシュドンッ。そして廃車あせる


へこんで、初めてのホームシック(実家ではなく都会へ)。


住めば都と言うものの、あまりの暮らしぶりにカルチャーショックの連発。

今は耐える時期だと自分に言い聞かせ、仕事に没頭しました。


そんな暮らしにもようやく慣れ、借金もすべて完済し、前向きになってきた頃にあの男がやってきました。


ジョニー得意げ


その頃ジョニーは東北エリアの責任者でした。

ジョニーと十和田のM店長に誘われ向かった居酒屋で・・・


ジョニーから告げられた言葉は・・・!


つづく・・・