離婚後は高円寺で再び一人暮らし


別れた妻の両親にはとても愛されていたので、申し訳ない気持ちでした。

離婚の報告に妻の実家へ行ったときも「自分の甲斐性がないからです」と言っていましたが、両親は妻に

『本当のことを言いなさい』

と詰め寄り、妻が本当のことを話しました。


話を聞いたご両親は

「申し訳ない」

と深々と頭を下げていました。そして、

「一度は義理の息子になったんだから、これからも気兼ねなく連絡しなさい。私たちにとっては君は大切な息子だ」目

と言ってくれました。


自分の実家へは一人で報告に行きました。

離婚の理由を妻のせいにするのも男らしくないので、自分が悪いとか、性格の不一致とか言いました。


「この甲斐性なし!自分のほれた女一人幸せにできないで貴様は何様のつもりだ!DASH!


父に吐き捨てるように言われたが、我慢。

そして黙って帰りました。


さらにジョニーに報告。

その頃のジョニーは店長の上の役職に付いており、店にはあまりいませんでした。


「ホンマにもうあかんのか?いっぺん奥さんに会わせてもらえんやろか」

「いやぁ、もう終わったことなんで」


ジョニーも少し責任を感じていたようでした。


以前業界紙で見たのですが、私の業界の離婚率はものすごく高いらしいのです。

不規則な生活に激務。でもまぁ仕方ないです。



その年の夏ごろから、会社は全国各地に新規出店をしていました。


離婚から半年が過ぎた頃、ジョニーの後を引き継いだJ店長に誘われて寿司屋に行きました。


「今日は大事な話があってね。」


渋谷に配属されて5年、一度も転勤したことのない私は察しが付いていました。


青森新店の立ち上に行って欲しい。」

「ありがとうございます。喜んでお受けいたします。」


ついに来ました。ずっと都会で育った私の転勤先は・・・

「青森県十和田市」


年末のオープンに向け、11月の終わりに旅立つことになりました。


思い出の羽田空港から飛び立ち、三沢空港に着陸。


現地に向かう車窓からは稲を刈り終えた田園風景が果てしなく続く

これからボクはどうなってしまうのか・・・


つづく・・・