母に転移を話した翌日は私は仕事

大丈夫?と連絡がきて夜お鍋を作ってくれて

2人で食べたけど、何を話したかはもう覚えてない

ここまでは、母と一緒に闘病していく、そういうつもりでいた


それから1週間経ち週末

母の顔を見たくて仕事終わり、好きなビールを買って実家へ行こうと連絡すると母から返信が



仕事してる時はなんとか穏やかに過ごせてる

家に帰るといろいろ考えて眠れず

血圧が上がって、睡眠不足、ほぼベットで過ごしてる。受け止められずにごめんなさい。


と連絡が来たものの、まだよく分かってなかったわたしは母の顔だけ見て帰ろうと行ったら


帰って!

あなたの顔は見たくない!

血圧が上がって死にそうなの!!

帰りなさい!!


と、すごい剣幕で玄関まで追い立てられ

家を追い出されました



え、、、




泣きながら自宅に戻り、なんでこんなことになったのか、母に見捨てられたようで涙が止まらなかった




翌朝、母より長いLIN※が


わたしのことを考えるだけで血圧が一気に50上がり

脳梗塞にでもなって寝たきりになったら最悪だ

出来るだけ手伝っていきたいけど、私のことを考えるだけで心臓の音が聞こえるようになり怖くて仕方ない情けない母だ

私にはしばらく会えない気がする

友達と遊んで楽しく過ごしてください

仕事が安定剤になってることだけは確かだから

お互い頑張りましょう


ざっとこんな感じだったと思います







確かに70超えた高齢の母に

何かを期待するのは違ったのかもしれない 頼っては行けなかったんだ、、、


仲が良かっただけにこの頃は本当にきつかった、、、

仕事していてもふと思い出して涙が流れたりしていました



母には以前より3月に2回、地方にライブの遠征があるからと、うちの🐈のお世話をお願いしてましたが、それだけはやるからと言われていたので




今後も、🐈のお世話だけ

入院やらで必要な場合はお願いして

それ以外家族が必要な場合は弟2人に相談しよう


そう決めた3月の中旬でした





今振り返っても、涙が出てきますが

3ヶ月近く経ち、

わたしが配慮や気を遣いながらであれば、母に会えるように今はなってます